実践的プロジェクトファイナンス:投資評価・配当決定・財務モデリングの理論と実務【第1部】

  1. 【第I部】投資評価の理論:キャッシュフロー、収益率、財務健全性指標
  2. 序章
  3. 第1章 プロジェクトファイナンスの基本構造
    1. 1.1 定義とコーポレートファイナンスとの本質的差異
    2. 1.2 SPVと資本構成の経済合理性
    3. 1.3 ステークホルダーの役割とリスク配分原則
    4. 1.4 リスク配分の失敗事例:ユーロトンネル
    5. 1.5 主要契約の体系と法的機能
  4. 第2章 キャッシュフローの計算と分析
    1. 2.1 キャッシュフローの基本概念と定義の曖昧性
    2. 2.2 フリーキャッシュフローの計算構造
    3. 2.3 債務返済可能キャッシュフロー(CAFDS)の特殊性
    4. 2.4 税金計算とタックスシールドの予備的考察
    5. 2.5 ケーススタディ:発電所プロジェクトのキャッシュフロー計算
    6. 2.6 キャッシュフロー概念の使い分けと実務上の注意点
  5. 第3章 IRRとWACC:投資評価の理論と実務
    1. 3.1 Project IRRの定義の曖昧さと実務上の問題
    2. 3.2 加重平均資本コスト(WACC)の理論的基礎
    3. 3.3 タックスシールドRd×(1-Tc)の経済的メカニズム
    4. 3.4 タックスシールドが機能しない状況
    5. 3.5 株主資本コスト(Re)の算定方法
    6. 3.6 WACCの計算例と感度分析
    7. 3.7 IRRとWACCの関係:投資判断基準
  6. 第4章 DSCRとLLCR:債務返済能力の評価
    1. 4.1 債務返済カバー率(DSCR)の定義と財務制限条項としての役割
    2. 4.2 業種別DSCR基準とその経済的根拠
    3. 4.3 Cash Sweepと実質的な返済期間の短縮
    4. 4.4 融資期間全体カバー率(LLCR)とPayback Periodによる評価

【第I部】投資評価の理論:キャッシュフロー、収益率、財務健全性指標

本論文は、プロジェクトファイナンスにおける投資評価と配当決定の実務構造を、資本家の視点から体系的に論じた。第I部(第1章から第4章)では投資評価の理論的枠組みを明らかにし、第II部(第5章から第7章)では配当決定と財務モデリングの実務を詳述した。本章では、論文全体を通じて提起した三つの核心論点に対する結論を示し、資本家が直面する実務的課題と今後の展望を論じる。

序章

本論文は、プロジェクトファイナンスにおける投資評価と配当決定の実務的課題を解明する。

第一の核心論点は、Project IRRの定義の曖昧さである。税引前・税引後、金利前・金利後、CAFDSベースなど複数の定義が併存し、同一プロジェクトで3%以上の差が生じる。契約書での明示的定義が不可欠である。

第二に、タックスシールドRd×(1-Tc)の経済的メカニズムを解明する。利息の損金算入が投資家全体のリターンをどう向上させるか、キャッシュフロー・損益計算・投資家全体の3つの視点から考察する。

第三に、配当決定の多層的制約を明らかにする。DSCRのみならず、CAFDS生成、準備金充足、Cash Sweepなど7つの制約が配当を決定する。

第I部で投資評価理論を、第II部で配当とモデリング実務を論じる。

第1章 プロジェクトファイナンスの基本構造

1.1 定義とコーポレートファイナンスとの本質的差異

プロジェクトファイナンスは、特定プロジェクトのキャッシュフローのみを返済原資とする金融手法である。親会社の信用に依存しないリミテッドまたはノンリコース構造を特徴とし、コーポレートファイナンスとは本質的に異なる。表1-1は両者の主要差異を示している。

表1-1:プロジェクトファイナンスとコーポレートファイナンスの主要差異

項目プロジェクトファイナンスコーポレートファイナンス
返済原資プロジェクトCFのみ企業全体のCF
リコースリミテッド/ノンリコースフルリコース
資本構成高レバレッジ(D/E=70/30)低レバレッジ(D/E=40/60)
リスク配分契約で詳細に配分企業が一括負担
資金使途特定プロジェクトに限定制限なし
担保プロジェクト資産のみ企業全資産
財務制限条項厳格(DSCR、LLCR等)緩やか

コーポレートファイナンスでは企業全体のキャッシュフローが返済原資となり、親会社がフルリコースで債務を保証する。これに対し、プロジェクトファイナンスでは、プロジェクト自体の経済性が融資判断の唯一の基準となる。資本構成においても顕著な差異が存在する。コーポレートファイナンスでは負債比率40%程度が標準であるのに対し、プロジェクトファイナンスでは70%の高レバレッジが一般的である。この差異は、プロジェクトファイナンスが長期購入契約によって安定したキャッシュフローを確保し、物的資産を担保として提供できることに起因する。

1.2 SPVと資本構成の経済合理性

プロジェクトファイナンスでは、特別目的会社であるSPVを設立することが法的要請となる。SPVは第一に倒産隔離機能を果たす。親会社が破綻しても、SPVの資産と負債は親会社の債権者による差押えから法的に保護される。この隔離により、銀行はプロジェクトのキャッシュフロー生成能力のみを評価すればよく、親会社の信用リスクを分離できる。

第二に、SPVはキャッシュフロー管理機能を提供する。全ての収入はSPVの専用口座に集中され、ウォーターフォール構造に従って配分される。表1-2はウォーターフォール構造の標準的な優先順位を示している。

表1-2:キャッシュフローウォーターフォールの優先順位

順位用途説明
1操業費用(O&M)燃料費、人件費、保守費用
2税金法人税、事業税
3債務返済(元利金)利息→元本の順
4準備金積立(DSRA)次期債務返済の6ヶ月分
5メンテナンス準備金(MRA)定期修繕費用
6その他準備金保険料、緊急時対応
7配当株主への分配(制限条項充足時のみ)

この構造では、操業費用、税金、債務返済、準備金積立が優先され、残余が配当として株主に分配される。優先順位の明確化により、債権者は返済確実性を確保し、株主は残余リスクを明示的に負担する。第三に、SPVはリスクの可視化を実現する。プロジェクト固有のリスクが親会社の他の事業リスクと混在せず、独立して評価される。

負債比率70%が標準となる経済合理性は、表1-3に示す複合的要因による。

表1-3:高レバレッジの経済的根拠

要因メカニズム定量的効果
タックスシールド利息の損金算入WACC 2-3%低減
安定キャッシュフロー長期契約(PPA、SPA)債務返済能力向上
資産担保価値物的資産の担保設定銀行リスクプレミアム低減
Equity IRR最大化財務レバレッジ効果株主リターン3-5%向上

タックスシールド効果により、利息費用が課税所得を減少させ、実質的な資本コストが低下する。電力購入契約やガス販売契約などの長期契約が収入を安定化させ、債務返済能力を向上させる。発電所やLNG基地などの物的資産が担保価値を保有し、銀行のリスクを軽減する。これらの要因が相互に作用し、高レバレッジを可能にする。ただし、過度なレバレッジは完工リスクや市場リスクの増大時に債務不履行を招くため、業種ごとに適切な水準が設定される。

1.3 ステークホルダーの役割とリスク配分原則

プロジェクトファイナンスは、複数のステークホルダーが契約によって結ばれた生態系である。表1-4は主要ステークホルダーの役割とリスク負担を示している。

表1-4:主要ステークホルダーの役割とリスク負担

ステークホルダー主要責任負担リスク契約手段
スポンサー(株主)資本提供、重要意思決定残余リスク株主間協定
レンダー(銀行)負債提供、財務監視信用リスク融資契約
EPC業者建設・納期保証完工リスクEPC契約(LSTK)
O&M業者操業・性能保証操業リスクO&M契約
オフテイカー購入保証市場リスクPPA/SPA
政府許認可、税制政治・規制リスクConcession契約
保険会社リスク移転特定リスク保険契約

スポンサーは株主として資本を提供し、重要な意思決定を行う。残余リスクを負担する代わりに、債務返済後の全ての利益を享受する。レンダーは負債を提供し、財務状況を継続的に監視する。信用リスクを負担するが、固定金利によって上限が定められたリターンを受け取る。EPC業者は建設と納期を保証し、完工リスクを負担する。固定価格契約により建設費高騰リスクを引き受け、性能保証により技術リスクを担う。

O&M業者は操業と性能を保証し、操業リスクを負担する。設備稼働率保証により、計画外停止のリスクを吸収する。オフテイカーは生産物の購入を保証し、市場リスクを負担する。電力購入契約における固定価格条項や、ガス販売契約におけるテイク・オア・ペイ条項により、収入の不確実性を除去する。政府は許認可と税制を通じてプロジェクトの法的枠組みを提供し、政治リスクと規制リスクに影響を与える。保険会社は特定のリスクを引き受け、自然災害や政治暴動などの予測不可能な事象から他のステークホルダーを保護する。

リスク配分の基本原則は、「リスクを最もコントロールできる者に配分する」ことである。完工リスクはEPC業者が負担する。EPC業者は建設技術と工程管理能力を保有し、固定価格・固定工期契約によってリスクを引き受ける。技術リスクも同様にEPC業者が性能保証条項によって負担する。操業リスクはO&M業者が負担する。O&M業者は操業ノウハウを保有し、稼働率保証によってリスクを吸収する。市場リスクはオフテイカーが負担する。オフテイカーは最終消費者への販売網を保有し、長期購入契約によってプロジェクトに安定収入を提供する。

1.4 リスク配分の失敗事例:ユーロトンネル

1994年に開通したユーロトンネルは、リスク配分の失敗による典型的事例である。表1-5は計画と実績の比較を示している。

表1-5:ユーロトンネルの計画と実績

項目当初計画(1987年)実績(1994年)乖離率
建設費48億ポンド100億ポンド+108%
完工時期1993年5月1994年5月+12ヶ月
旅客数(初年度)1,600万人290万人-82%
債務再編後株主価値100%3%-97%

建設費は当初予算の48億ポンドから100億ポンドへと2倍以上に膨張した。この膨張の主因は、完工リスクを銀行団が負担する契約設計にあった。通常であればEPC業者が固定価格契約で完工リスクを引き受けるべきところ、ユーロトンネルでは銀行団がコスト超過を吸収する構造となっていた。結果として、銀行団は巨額の損失を被り、1998年の債務再編において株主価値は97%毀損された。この事例は、完工リスクを建設能力を持たない金融機関に配分することの危険性を示している。

1.5 主要契約の体系と法的機能

プロジェクトファイナンスは、複数の契約が相互に連関した法的体系である。表1-6は主要契約とその法的機能を示している。

表1-6:主要契約の体系と法的機能

契約種類当事者主要条項法的効果
融資契約SPV-銀行財務制限条項、担保設定債権者保護、Step-in権
EPC契約SPV-EPC業者固定価格、性能保証、遅延LD完工リスク移転
O&M契約SPV-O&M業者Availability保証、ペナルティ操業リスク移転
PPA/SPASPV-オフテイカーTake-or-Pay、最低購入量収入保証
株主間協定スポンサー間議決権、配当政策、Exit条項ガバナンス確立
直接協定銀行-業者Step-in権、代替業者指名権債権者救済手段

融資契約はSPVと銀行の間で締結され、財務制限条項と担保設定によって債権者を保護する。財務制限条項の代表例を表1-7に示す。

表1-7:標準的な財務制限条項

制限条項標準値違反時の措置
Minimum DSCR≥1.20Event of Default
LLCR≥1.30配当禁止
Debt/Equity Ratio≤70/30追加出資要請
配当制限(Lock-up)DSCR<1.15時禁止配当停止
Cash SweepDSCR<1.25時発動繰上返済強制

これらの条項に違反した場合、債務不履行事由が発動され、銀行はステップイン権を行使できる。EPC契約はSPVとEPC業者の間で締結され、固定価格、性能保証、遅延損害金条項によって完工リスクを移転する。O&M契約はSPVとO&M業者の間で締結され、稼働率保証とペナルティ条項によって操業リスクを移転する。電力購入契約またはガス販売契約はSPVとオフテイカーの間で締結され、テイク・オア・ペイ条項と最低購入量によって収入を保証する。

株主間協定はスポンサー間で締結され、議決権、配当政策、出口戦略を規定してガバナンスを確立する。直接協定は銀行とEPC業者・O&M業者の間で締結され、SPVが債務不履行に陥った場合の銀行のステップイン権と代替業者指名権を定める。この権利により、銀行はプロジェクトの継続性を確保し、債権回収可能性を高める。これらの契約群が相互に連関することで、プロジェクトファイナンスの法的安定性が確保される。次章では、これらの契約に基づいて生成されるキャッシュフローの定義と計算方法を論じる。

第2章 キャッシュフローの計算と分析

2.1 キャッシュフローの基本概念と定義の曖昧性

プロジェクトファイナンスにおけるキャッシュフロー概念は、多様な定義が併存し、実務上の混乱を招いている。最も基本的な概念はEBITDAである。EBITDAは利払前・税引前・償却前利益を意味し、営業活動から生み出される現金創出力を示す1。減価償却費は現金支出を伴わない会計上の費用であるため、これを加算することで現金ベースの利益を把握できる。

FCFFはFree Cash Flow to Firmの略であり、企業全体に帰属するキャッシュフローを指す。完全版の定義はEBITDAから税金、設備投資、運転資本増加を控除したものである。しかし、定常運転期において設備投資額が減価償却費とほぼ等しく、運転資本増加がゼロに近い場合、簡略版としてEBITDAから税金のみを控除する定義も用いられる。この簡略版は実務において頻繁に使用されるが、建設期や拡張期には適用できない。

FCFEはFree Cash Flow to Equityの略であり、株主に帰属するキャッシュフローを意味する。FCFFから元利金返済を控除し、新規借入を加算することで算出される。配当可能額の理論的上限を示すが、実際の配当額は財務制限条項によってさらに制約される。CAFDSはCash Available for Debt Serviceの略であり、債務返済に充当可能なキャッシュフローを示す。維持的設備投資のみを控除し、拡張的設備投資は含めない点がFCFFとの相違である。銀行はこの指標を重視し、債務返済カバー率の計算に用いる。

表2-1はこれらのキャッシュフロー概念の定義と相互関係を整理している。

表2-1:キャッシュフロー概念の定義と計算式

概念計算式用途適用場面
EBITDA営業利益 + 減価償却費営業CF創出力全期間
FCFF(完全版)EBITDA – 税金 – CapEx – ΔNWC企業価値評価全期間
FCFF(簡略版)EBITDA – 税金Project IRR計算定常運転期のみ
FCFEFCFF – 元利金返済 + 新規借入株主価値評価全期間
CAFDSEBITDA – 税金 – 維持CapExDSCR計算債務返済期

この定義の多様性は、プロジェクトファイナンス契約における曖昧性の源泉となる。特にProject IRRの計算においては、どのキャッシュフロー定義を用いるかによって結果が大きく変動する。この問題は第3章で詳述する。


脚注

1 厳密には、EBITDAは損益計算書上の利益指標であり、キャッシュフロー計算書とは異なる。しかし、プロジェクトファイナンスの実務では、定常運転期において設備投資が減価償却費とほぼ等しく、運転資本増加がゼロに近いという前提の下、EBITDAを営業活動の現金創出力を示す代理指標として扱うことが国際的な業界標準となっている。この慣行は、世界銀行PPPガイド(2017)、Moody’s格付方法論(2022)、Yescombe『Principles of Project Finance』(2014)等で確認できる。本論文もこの業界慣行に従い、EBITDAを「現金評価指標」として扱う。

2.2 フリーキャッシュフローの計算構造

フリーキャッシュフローの計算は、損益計算書から出発し、非現金項目と投資項目を調整することで導出される。表2-2は標準的な計算フローを示している。

表2-2:フリーキャッシュフロー(FCFF)の計算フロー

ステップ項目調整理由
1営業利益(EBIT)出発点
2+ 減価償却費非現金費用を加算
3= EBITDA現金ベース営業利益
4– 税金現金支出
5– 設備投資(CapEx)現金支出(資産取得)
6– 運転資本増加(ΔNWC)現金固定化
7= FCFF企業全体への帰属CF

減価償却費の加算は、会計上の費用であるが現金支出を伴わないため、現金創出力を正確に把握するために必要である。税金の控除は、実際の現金支出であるため当然に控除される。ただし、タックスシールド効果により、利息費用の損金算入が税額を減少させる点に注意が必要である。この効果については第3章で詳述する。

設備投資の控除は、現金支出を伴う資産取得であるため必要である。ただし、維持的設備投資と拡張的設備投資を区別する必要がある。維持的設備投資は既存の生産能力を維持するための支出であり、長期的には減価償却費とほぼ等しくなる。拡張的設備投資は生産能力を増強するための支出であり、将来のキャッシュフロー増加をもたらす。CAFDSの計算においては維持的設備投資のみを控除し、拡張的設備投資は含めない。

運転資本増加の控除は、売掛金や在庫の増加が現金を固定化するために必要である。運転資本は流動資産から流動負債を差し引いたものであり、売掛金、在庫、買掛金が主要構成要素である。売上高の増加に伴い、売掛金と在庫が増加し、運転資本が増加する。この増加分は現金の流出を意味するため、キャッシュフローから控除される。定常運転期においては、売上高が安定し、運転資本増加がゼロに近づくため、簡略版の計算式が適用可能となる。

2.3 債務返済可能キャッシュフロー(CAFDS)の特殊性

CAFDSは銀行が債務返済能力を評価するために用いる特殊なキャッシュフロー概念である。FCFFとの主要な相違は、設備投資の扱いにある。表2-3はCAFDSの計算構造を示している。

表2-3:CAFDS(Cash Available for Debt Service)の計算構造

ステップ項目FCFFとの相違
1EBITDA同一
2– 税金同一
3– 維持的設備投資のみ拡張的設備投資は含めない
4– 運転資本増加同一(定常期はゼロ)
5= CAFDS債務返済原資

CAFDSが拡張的設備投資を控除しない理由は、拡張投資は債務返済に優先しない任意的支出と見なされるためである。銀行の関心は、既存の債務を確実に返済できるキャッシュフローの水準にあり、将来の事業拡張は二次的関心事項である。したがって、維持的設備投資のみを控除し、現在の生産能力を維持した場合の債務返済可能額を評価する。

実務においては、維持的設備投資と拡張的設備投資の区分が困難な場合がある。この場合、減価償却費を維持的設備投資の代理変数として用いることが多い。長期的には、維持的設備投資額は減価償却費とほぼ等しくなるという仮定に基づく。ただし、短期的には両者に乖離が生じるため、複数年の平均値を用いることが推奨される。

2.4 税金計算とタックスシールドの予備的考察

キャッシュフロー計算において税金は重要な控除項目であるが、その計算には利息費用の損金算入効果を考慮する必要がある。表2-4は税金計算の基本構造を示している。

表2-4:税金計算の基本構造

項目金額例(百万円)説明
EBITDA1,000利払前・税引前・償却前利益
– 減価償却費200会計上の費用
= EBIT(営業利益)800利払前・税引前利益
– 支払利息300損金算入される
= 課税所得500税額計算の基礎
× 法人税率30%国・地方税合計
= 税額150実際の納税額

この計算において重要な点は、支払利息が課税所得から控除されることである。仮に利息費用が存在しない場合、課税所得は800百万円となり、税額は240百万円となる。利息費用の損金算入により、税額は150百万円に減少し、90百万円の節税効果が生じる。この節税額は利息費用300百万円に税率30%を乗じた額に等しい。

この効果がタックスシールドと呼ばれるものであり、加重平均資本コストの計算において負債コストにRd×(1-Tc)を用いる理論的根拠となる。ただし、この効果が機能するためには、プロジェクトが十分な課税所得を生み出している必要がある。建設期や赤字期においては、利息費用を控除しても課税所得がマイナスとなり、タックスシールドが機能しない。この場合、繰越欠損金として将来期間に繰り越されるが、その現在価値は割り引かれる。タックスシールドの詳細なメカニズムと経済的意義は第3章で論じる。

2.5 ケーススタディ:発電所プロジェクトのキャッシュフロー計算

理論的考察を具体化するため、架空の発電所プロジェクトを用いてキャッシュフロー計算を例示する。表2-5はプロジェクトの基本前提を示している。

表2-5:発電所プロジェクトの基本前提

項目単位
総投資額10,000百万円
資本構成(D/E)70/30
負債額7,000百万円
株主資本3,000百万円
金利4.0%年率
返済期間15年元金均等返済
設備容量100MW
設備利用率85%
電力販売価格15円/kWh
変動費8円/kWh
固定費500百万円/年
法人税率30%
減価償却期間20年定額法

これらの前提に基づき、定常運転期(5年目)のキャッシュフローを計算する。表2-6は詳細な計算過程を示している。

表2-6:5年目のキャッシュフロー計算(百万円)

項目計算式金額
発電量100MW × 8,760h × 85%744,600 MWh
売上高744,600MWh × 15円/kWh11,169
変動費744,600MWh × 8円/kWh5,957
固定費前提値500
減価償却費10,000 ÷ 20年500
EBITDA11,169 – 5,957 – 5004,712
EBITEBITDA – 減価償却費4,212
支払利息残債5,133 × 4.0%205
課税所得EBIT – 支払利息4,007
税金課税所得 × 30%1,202
FCFF(簡略版)EBITDA – 税金3,510
維持的設備投資減価償却費相当500
CAFDSEBITDA – 税金 – 維持CapEx3,010
元金返済7,000 ÷ 15年467
利息返済前述205
債務返済額(DS)元金 + 利息672
DSCRCAFDS ÷ DS4.48

この計算から、5年目のDSCRは4.48倍と極めて高い水準にあることがわかる。発電所プロジェクトの標準的な最低DSCR要件は1.20倍であるため、この水準は債務返済能力に十分な余裕があることを示している。ただし、この高水準は定常運転期における計算結果であり、建設期や初期運転期においてはDSCRが低下する。

FCFF簡略版は3,510百万円であり、これが株主資本コストと負債コストの加重平均である加重平均資本コストによって割り引かれ、企業価値が算出される。CAFDSは3,010百万円であり、維持的設備投資500百万円を控除した結果である。この金額が債務返済と配当の原資となる。

2.6 キャッシュフロー概念の使い分けと実務上の注意点

プロジェクトファイナンスにおいては、目的に応じて適切なキャッシュフロー概念を選択する必要がある。表2-7は主要な評価指標とそれに対応するキャッシュフロー概念を整理している。

表2-7:評価目的とキャッシュフロー概念の対応

評価目的使用するCF概念割引率算出される指標
企業価値評価FCFFWACCEnterprise Value, Project IRR
株主価値評価FCFERe(株主資本コスト)Equity Value, Equity IRR
債務返済能力評価CAFDSDSCR, LLCR
配当可能額評価FCFE – 準備金Maximum Dividend

企業価値評価においてはFCFFを用い、加重平均資本コストで割り引く。この方法は、資本構成に中立的であり、プロジェクト自体の経済性を評価できる。株主価値評価においてはFCFEを用い、株主資本コストで割り引く。この方法は、株主にとっての投資価値を直接評価できる。債務返済能力評価においてはCAFDSを用い、債務返済額で除してDSCRを算出する。この方法は、銀行が融資判断において最も重視する指標である。

配当可能額評価においては、FCFEからさらに準備金積立を控除する。債務返済準備金、メンテナンス準備金、その他の制約的準備金を控除した残額が、理論的な配当可能額となる。ただし、実際の配当額は、財務制限条項、株主間協定、会社法上の制約などによってさらに制限される。この複雑な制約構造は第5章で詳述する。

実務上の重要な注意点として、キャッシュフロー予測における保守性の原則がある。銀行は下方リスクを重視するため、収入予測は保守的に、費用予測は余裕を持って設定することが求められる。特に、設備利用率、販売価格、変動費については、過去実績や市場動向に基づく合理的な根拠が必要である。また、感度分析やシナリオ分析を通じて、主要前提の変動がキャッシュフローに与える影響を定量的に示すことが標準的実務となっている。次章では、これらのキャッシュフローを用いた投資評価指標であるIRRとWACCを詳細に論じる。

第3章 IRRとWACC:投資評価の理論と実務

3.1 Project IRRの定義の曖昧さと実務上の問題

プロジェクトファイナンスにおいて最も重要な評価指標の一つがProject IRRである。しかし、この指標には定義の曖昧さという根本的問題が存在する。実務においては、税引前・金利前のキャッシュフローを用いる定義が最も一般的であるが、契約書において明示的な定義がない場合、当事者間で解釈が分かれる事態が生じる。

表3-1は、Project IRRの主要な定義とその特徴を整理している。

表3-1:Project IRRの4つの定義と特徴

定義使用するCF計算式主な使用場面長所短所
定義1税引前・金利前FCFFEBITDA – CapEx – ΔNWCスポンサー評価資本構成に中立税効果を無視
定義2税引後・金利前FCFFEBITDA – 税金 – CapEx – ΔNWC企業価値評価タックス効果反映計算複雑
定義3総合CF全CF混在契約曖昧時定義不明確
定義4CAFDSベースCAFDS銀行評価債務返済重視株主視点欠如

定義1は税引前・金利前のFCFFを用いる方法であり、実務において最も頻繁に使用される。この定義の利点は、資本構成に中立的であることである。税金と利息を考慮しないため、負債比率の変更がIRRに影響を与えず、プロジェクト本来の経済性を評価できる。スポンサーが複数の投資機会を比較する際に、資本構成の違いを排除して純粋な事業性を比較できる点で有用である。しかし、この定義は税金の影響を完全に無視するため、タックスシールド効果を反映できないという限界がある。

定義2は税引後・金利前のFCFFを用いる方法であり、企業価値評価の標準的手法である。税金を考慮するため、タックスシールド効果を部分的に反映できる。ただし、税額の計算において支払利息を控除するため、資本構成が影響を与える。この方法は理論的には最も精緻であるが、計算が複雑になるという実務上の難点がある。

定義3は総合キャッシュフローを用いる曖昧な定義であり、契約書において明確な定義がない場合に生じる。この場合、当事者間で解釈が分かれ、紛争の原因となる。定義4はCAFDSベースのIRRであり、銀行が債務返済能力を評価する際に用いる。この定義は債務返済の確実性を重視するが、株主視点を欠くため、プロジェクト全体の経済性評価には適さない。

表3-2は、同一プロジェクトに対して4つの定義を適用した場合のIRRの差異を示している。

表3-2:定義によるProject IRRの差異(発電所プロジェクト例)

定義IRR基準値との差解釈
定義1(税引前・金利前)12.5%基準最も高い値
定義2(税引後・金利前)10.8%-1.7%税負担を反映
定義3(総合CF、曖昧)11.2%-1.3%定義不明確
定義4(CAFDSベース)9.3%-3.2%最も保守的

この表が示すように、同一プロジェクトであっても定義によってIRRは9.3%から12.5%まで3.2ポイントの差が生じる。この差異は、投資判断において決定的な影響を与える。スポンサーの要求IRRが11%である場合、定義1と定義2では投資が承認されるが、定義4では却下される可能性がある。したがって、契約書においてProject IRRの定義を明示することは法的必須事項となる。

実務上の対応策として、複数の定義でIRRを計算し、それぞれを契約書に明記する方法が推奨される。例えば、「税引前Project IRRは12.5%以上、税引後Project IRRは10.8%以上を維持すること」という形で複数の基準を設定する。この方法により、定義の曖昧さに起因する紛争を回避できる。また、IRR計算の前提条件、特に割引率の起算日、キャッシュフローの認識時点、端数処理方法なども契約書に明記する必要がある。

3.2 加重平均資本コスト(WACC)の理論的基礎

加重平均資本コストは、企業が資金調達に要するコストを加重平均した指標であり、投資判断の基準となる割引率である。WACCの基本式は以下の通りである。

WACC = (E/V) × Re + (D/V) × Rd × (1-Tc)

ここで、Eは株主資本の市場価値、Dは負債の市場価値、V=E+Dは企業価値、Reは株主資本コスト、Rdは負債コスト、Tcは法人税率である。この式の経済的意味を理解するため、各構成要素を詳細に検討する。

表3-3はWACCの構成要素とその経済的意味を整理している。

表3-3:WACCの構成要素と経済的意味

要素記号典型値経済的意味決定要因
株主資本比率E/V30%資本構成スポンサー出資額
負債比率D/V70%資本構成銀行融資額
株主資本コストRe12-15%株主要求リターンリスクプレミアム
負債コストRd3-5%金利水準信用スプレッド
法人税率Tc30%税負担国・地方税合計
タックスシールド(1-Tc)70%節税効果利息損金算入

株主資本比率と負債比率は、プロジェクトの資本構成を反映する。プロジェクトファイナンスでは負債比率70%が標準的であるが、業種やリスク水準によって変動する。株主資本コストは、スポンサーが投資に対して要求するリターン率である。この値は株主のリスク許容度、代替投資機会、プロジェクト固有のリスクによって決定される。負債コストは、銀行が融資に対して要求する金利である。この値は無リスク金利にプロジェクトの信用スプレッドを加算したものであり、一般にリスクフリーレート+2-3%の範囲となる。

法人税率は国と地方自治体の税率を合計したものであり、日本では約30%が標準的である。タックスシールド係数(1-Tc)は、利息費用の損金算入による節税効果を反映する。この係数により、負債の実質コストはRd×(1-Tc)に低減される。なぜ株主資本コストには(1-Tc)が乗じられず、負債コストにのみ乗じられるのか、この非対称性の経済的メカニズムが次節の主題となる。

3.3 タックスシールドRd×(1-Tc)の経済的メカニズム

タックスシールドは、プロジェクトファイナンスにおける最も重要な財務効果の一つである。利息費用が損金算入されることにより、課税所得が減少し、税額が低減される。この節税額が投資家全体のリターンを向上させる。しかし、なぜ負債コストにのみ(1-Tc)が乗じられ、株主資本コストには乗じられないのか、この非対称性を3つの視点から解明する。

第一の視点はキャッシュフロー視点である。表3-4は、利息費用のキャッシュフロー効果を示している。

表3-4:利息費用のキャッシュフロー効果(百万円)

項目負債あり負債なし差額
EBITDA1,0001,0000
支払利息3000+300
課税所得7001,000-300
税金(30%)210300-90
税引後利益490700-210
利息支払3000+300
投資家への流出合計510300+210
実質的利息負担210

負債ありの場合、利息300百万円を支払うが、課税所得が300百万円減少するため、税金が90百万円減少する。利息支払300百万円と税金減少90百万円を合わせた実質的な現金流出は210百万円である。これは名目利息300百万円に(1-Tc)を乗じた額に等しい。したがって、投資家全体から見た実質的な負債コストはRd×(1-Tc)となる。

第二の視点は損益計算視点である。表3-5は、利息の損金算入メカニズムを示している。

表3-5:利息の損金算入メカニズム

段階計算項目金額税効果
1EBIT(営業利益)800
2支払利息300損金算入
3課税所得500税額計算基礎
4税額(30%)150実際納税額
5利息なし時の税額240仮想値
6節税額90300×30%

利息費用300百万円が課税所得から控除されることにより、税額は240百万円から150百万円へ90百万円減少する。この節税額90百万円は、利息費用300百万円に税率30%を乗じた額に等しい。この節税額は政府から投資家全体への実質的な補助金と解釈できる。政府が徴収すべき税金90百万円を徴収しないことにより、その分が投資家の手元に残る。

第三の視点は投資家全体視点である。表3-6は、投資家全体へのキャッシュフロー配分を示している。

表3-6:投資家全体へのキャッシュフロー配分(百万円)

受取者負債あり負債なし差額
債権者(利息)3000+300
株主(税引後利益)490700-210
政府(税金)210300-90
投資家合計790700+90

負債ありの場合、投資家全体が受け取る金額は790百万円であり、負債なしの場合の700百万円より90百万円多い。この増加額は、政府への支払が90百万円減少した額に等しい。税金の減少分がそのまま投資家全体の利益増加となる。この90百万円が利息300百万円に税率30%を乗じた額であることから、タックスシールド効果が定量的に確認できる。

それでは、なぜ配当には同様の効果がないのか。表3-7は配当と利息の税務上の非対称性を示している。

表3-7:配当と利息の税務上の非対称性

項目利息配当理由
損金算入可能不可能税法上の規定
課税所得への影響減少影響なし利益処分後
タックスシールドありなし節税効果の有無
実質コストRd×(1-Tc)Re税率調整なし

配当は税引後利益から支払われるため、課税所得の計算に影響を与えない。したがって、配当を増加させても税額は減少せず、タックスシールド効果は生じない。この非対称性は税法上の規定に由来する。利息は企業の事業活動に必要な費用と見なされ損金算入が認められるが、配当は利益の分配と見なされ損金算入が認められない。この違いが、WACCの計算式において負債コストにのみ(1-Tc)が乗じられる理由である。

3.4 タックスシールドが機能しない状況

タックスシールドは常に機能するわけではない。表3-8はタックスシールドが機能しない主要な状況を整理している。

表3-8:タックスシールドが機能しない状況

状況理由発生時期対応策
赤字期課税所得がマイナス建設期、初期運転期繰越欠損金活用
建設期収入未発生着工~完工資本化利息
繰越欠損金超過控除限度額あり累積赤字大複数年計画
タックスヘイブン法人税率ゼロ租税回避地効果なし
非課税事業法人税免除特定優遇措置効果なし

赤字期においては、課税所得がマイナスとなるため、利息費用を控除しても税額は発生しない。したがって、タックスシールドによる節税効果は生じない。ただし、多くの税制では繰越欠損金制度が存在し、当期の赤字を将来期間の黒字と相殺できる。この場合、タックスシールド効果は将来に繰り延べられるが、時間価値により現在価値は減少する。

建設期においては、収入が未発生であるため、必然的に赤字となる。この期間の利息費用は資本化され、固定資産の取得原価に算入される。資本化された利息は減価償却を通じて将来期間に費用化されるため、タックスシールド効果も将来に繰り延べられる。繰越欠損金には控除限度額が設定されている場合があり、累積赤字が巨額になると完全に控除できない可能性がある。

タックスヘイブンや非課税事業においては、そもそも法人税が課されないため、タックスシールド効果は存在しない。この場合、WACCの計算式において(1-Tc)の項は削除され、負債コストはRdそのものとなる。実務においては、プロジェクトのライフサイクル全体を通じてタックスシールド効果の現在価値を計算し、有効税率を算出する方法が用いられる。

3.5 株主資本コスト(Re)の算定方法

株主資本コストは、スポンサーが投資に対して要求するリターン率であり、WACCの重要な構成要素である。しかし、プロジェクトファイナンスにおいては、株式市場が存在しないため、標準的なCAPM(資本資産価格モデル)を適用できない。表3-9は株主資本コストの主要な算定方法を比較している。

表3-9:株主資本コスト(Re)の算定方法比較

方法計算式長所短所適用可能性
CAPMRf + β×(Rm-Rf)理論的整合性β推定困難
要求IRR法スポンサー設定値実務的恣意的
ベンチマーク法類似PJ実績市場実態反映比較可能性
Build-up法Rf+各種リスクP要因分解可能主観的
配当割引モデルD/P + g配当重視成長率推定困難

CAPMは、リスクフリーレートにベータ係数と市場リスクプレミアムの積を加算する方法である。理論的には最も洗練された方法であるが、プロジェクトファイナンスにおいてはベータ係数を推定できないという致命的問題がある。上場企業であればベータ係数を市場データから推定できるが、SPVは非上場であり、類似プロジェクトも上場していない場合が多い。したがって、プロジェクトファイナンスにおけるCAPMの適用可能性は低い。

要求IRR法は、スポンサーが自らの投資判断基準として設定した要求IRRをそのまま株主資本コストとして用いる方法である。実務において最も頻繁に使用される方法であり、スポンサーの投資意思決定と整合的である。ただし、この方法は理論的根拠に乏しく、スポンサーの主観的判断に依存するという限界がある。典型的な要求IRRは12-15%の範囲である。

ベンチマーク法は、類似プロジェクトの実績IRRを参照する方法である。同一業種、同一地域、同一リスクプロファイルのプロジェクトが存在する場合、その実績IRRは有用な参照点となる。ただし、完全に比較可能なプロジェクトを見つけることは困難であり、調整が必要となる。表3-10は業種別の標準的な株主資本コスト水準を示している。

表3-10:業種別の株主資本コスト水準

業種標準Re範囲リスク水準主要リスク要因
有料道路10-12%安定交通量変動
再生可能発電(FIT)8-10%最低極めて安定FIT価格保証
火力発電(PPA)11-13%中低比較的安定燃料価格変動
LNG受入基地12-14%中程度需要変動、価格変動
石油・ガス開発15-20%高い埋蔵量、価格、政治
鉱山開発18-25%最高極めて高い資源価格、政治、環境

Build-up法は、リスクフリーレートに各種のリスクプレミアムを積み上げる方法である。カントリーリスクプレミアム、産業リスクプレミアム、プロジェクト固有リスクプレミアムを個別に評価し、合計する。この方法はリスク要因を明示的に分解できる利点があるが、各プレミアムの定量化が主観的になる限界がある。

配当割引モデルは、配当を株主資本コストで割り引いた現在価値が株式価値に等しいという前提から、株主資本コストを逆算する方法である。しかし、プロジェクトファイナンスにおいては配当が不規則であり、成長率の推定も困難であるため、適用可能性は低い。

実務においては、複数の方法を併用し、妥当性を相互に検証することが推奨される。例えば、スポンサーの要求IRRを基準としつつ、ベンチマーク法による市場水準と比較し、Build-up法によってリスク要因を確認する。この三角測量的アプローチにより、恣意性を低減できる。

3.6 WACCの計算例と感度分析

理論的考察を具体化するため、発電所プロジェクトのWACCを計算する。表3-11は計算の前提条件を示している。

表3-11:WACC計算の前提条件

項目記号根拠
総投資額V10,000百万円プロジェクト規模
負債額D7,000百万円D/E=70/30
株主資本E3,000百万円D/E=70/30
負債比率D/V70%標準的水準
株主資本比率E/V30%標準的水準
負債コストRd4.0%長期プライムレート+1.5%
株主資本コストRe13.0%スポンサー要求IRR
法人税率Tc30%国・地方税合計

これらの前提に基づき、WACCを計算する。

WACC = (E/V) × Re + (D/V) × Rd × (1-Tc)
WACC = 30% × 13.0% + 70% × 4.0% × (1-30%)
WACC = 3.9% + 1.96%
WACC = 5.86%

この計算結果は、プロジェクト全体の資本コストが5.86%であることを示している。Project IRRがこの水準を上回れば、プロジェクトは経済的に妥当と判断される。株主資本コストの寄与分は3.9%、負債コストの寄与分は1.96%である。タックスシールド効果により、負債コストの寄与分は名目値2.8%から1.96%へ0.84%低減されている。

表3-12は、主要パラメータの変動がWACCに与える影響を示す感度分析の結果である。

表3-12:WACCの感度分析

パラメータ基準値変動後WACC変化変化率感度
Re13.0%15.0%5.86%→6.46%+0.60%
Rd4.0%5.0%5.86%→6.56%+0.70%
D/V70%75%5.86%→5.73%-0.13%
Tc30%35%5.86%→5.76%-0.10%

株主資本コストが13%から15%へ2%上昇すると、WACCは5.86%から6.46%へ0.60%上昇する。負債コストが4%から5%へ1%上昇すると、WACCは6.56%へ0.70%上昇する。負債比率の上昇はWACCを若干低下させるが、その効果は限定的である。法人税率の上昇はタックスシールド効果を強化し、WACCを低下させるが、その効果も限定的である。この分析から、WACCは株主資本コストと負債コストの絶対水準に最も敏感であり、資本構成や税率の影響は相対的に小さいことがわかる。

3.7 IRRとWACCの関係:投資判断基準

IRRとWACCの関係は、投資判断の基本原則を構成する。正味現在価値法においては、将来キャッシュフローをWACCで割り引いてNPVを算出する。プロジェクトのIRRがWACCを上回る場合、WACCで割り引いたNPVは正となり、プロジェクトは経済的に妥当と判断される。IRRがWACCを下回る場合、WACCで割り引いたNPVは負となり、プロジェクトは経済的に不適切と判断される。表3-13は、WACCを割引率として用いた場合のIRRとNPVの関係を整理している。

表3-13:IRRとWACCによる投資判断基準(NPVの割引率=WACC)

条件NPV(割引率=WACC)判断経済的意味
IRR > WACCNPV > 0投資実行資本コスト超過リターン獲得
IRR = WACCNPV = 0中立資本コスト相当リターンのみ
IRR < WACCNPV < 0投資却下資本コスト未達

この関係は、IRRの定義から導かれる数学的帰結である。IRRとは、NPVをゼロにする割引率として定義される。したがって、割引率をWACCに設定した場合、IRRがWACCより高ければNPVは正、IRRがWACCより低ければNPVは負となる。この関係により、IRR法とNPV法は整合的な投資判断をもたらす。

実務においては、IRRとWACCの差をスプレッドと呼び、プロジェクトの経済的魅力度を示す指標とする。スプレッドが大きいほど、プロジェクトは魅力的である。表3-14は、スプレッド水準と投資判断の関係を示している。

表3-14:スプレッド水準と投資判断

スプレッド評価投資判断典型的対応
5%以上極めて魅力的積極推進即時実行
3-5%魅力的推進通常実行
1-3%やや魅力的条件付承認リスク精査後実行
0-1%限界的慎重検討追加条件交渉
マイナス不適切却下実行せず

プロジェクトファイナンスにおいては、通常3-5%のスプレッドが求められる。この水準は、予測の不確実性やモデルリスクを考慮したバッファーとなる。スプレッドが1%未満の場合、わずかな前提条件の変更でNPVがマイナスに転じる可能性があるため、慎重な検討が必要となる。次章では、債務返済能力を評価する指標であるDSCRとLLCRを詳細に論じる。

第4章 DSCRとLLCR:債務返済能力の評価

4.1 債務返済カバー率(DSCR)の定義と財務制限条項としての役割

債務返済カバー率は、プロジェクトファイナンスにおいて銀行が最も重視する財務指標である。DSCRはDebt Service Coverage Ratioの略であり、各期の債務返済可能キャッシュフローが債務返済額の何倍あるかを示す。基本的な定義式は以下の通りである。

DSCR = CAFDS / DS

ここで、CAFDSはCash Available for Debt Serviceであり、債務返済に充当可能なキャッシュフローを意味する。DSはDebt Serviceであり、当期の元利金返済額を意味する。DSCRが1.0を下回る場合、債務返済に必要なキャッシュフローが不足し、債務不履行のリスクが顕在化する。

DSCRの本質的役割は、財務制限条項として機能することである。銀行は融資契約において最低DSCR水準を設定し、この水準を下回った場合には債務不履行事由が発動される。表4-1はDSCRの財務制限条項としての機能を示している。

表4-1:DSCRの財務制限条項と銀行の対応措置

DSCR水準財務状態配当可否銀行の権利行使Event of Default
1.30以上良好自由配当可能通常監視のみなし
1.25-1.30正常配当可能注意監視なし
1.20-1.25最低基準制限付配当厳重監視なし
1.15-1.20Lock-up配当禁止Cash Sweep発動なし
1.10-1.15警戒水準配当禁止追加担保要求予備的事由
1.10未満債務不履行配当禁止Step-in権、繰上返済要求発動

この表が示すように、DSCRは単なる評価指標ではなく、配当制限、Cash Sweep発動、債務不履行認定という法的効果を伴う契約上の閾値である。DSCR1.20が最低基準として設定されることが多いのは、20%のダウンサイドバッファーを確保するためである。DSCR1.15を下回るとLock-up条項が発動され、配当が全面的に禁止される。DSCR1.10未満ではEvent of Defaultが発動され、銀行は融資の繰上返済を要求する権利を得る。

4.2 業種別DSCR基準とその経済的根拠

DSCR基準は業種のリスクプロファイルによって大きく変動する。表4-2は主要業種における標準的なDSCR基準とその根拠を示している。

表4-2:業種別の標準的DSCR基準と設定根拠

業種Minimum DSCR主要リスク要因基準設定の経済的根拠
有料道路1.15-1.20交通量変動長期需要安定、利用者分散
再生可能発電(FIT)1.15-1.20気象変動政府価格保証、長期契約
火力発電(PPA)1.20-1.25燃料価格、設備故障電力購入契約、容量保証
LNG受入基地1.25-1.30需要変動、価格変動市場リスク、長期契約一部
石油・ガス開発1.30-1.50埋蔵量、価格、政治資源価格変動大、枯渇リスク
鉱山開発1.40-1.60資源価格、環境、政治価格変動極大、環境規制

有料道路と再生可能発電は、長期契約や政府保証によって収入が安定しているため、最低DSCR要件は1.15-1.20と比較的低い。FIT制度下の太陽光発電では、20年間の固定価格買取が保証されるため、収入の予測可能性が極めて高く、1.15でも十分な安全余裕が確保される。火力発電は燃料価格の変動リスクがあるものの、電力購入契約によって収入が保証されているため、1.20-1.25の水準となる。

LNG受入基地は、長期販売契約が存在するものの、一部はスポット市場に依存するため、1.25-1.30とやや高い水準が要求される。石油・ガス開発と鉱山開発は、資源価格の変動、埋蔵量の不確実性、政治リスクなど多様なリスクを抱えるため、1.30-1.60と高い水準が設定される。この高水準は、資源価格が30-50%下落しても債務返済が可能な余裕を確保するためである。

4.3 Cash Sweepと実質的な返済期間の短縮

実務においては、固定的な返済スケジュールよりも、Cash Sweep条項による柔軟な繰上返済が重視される。Cash Sweepは、余剰キャッシュフローを強制的に債務の繰上返済に充当するメカニズムである。表4-3はCash Sweepの主要な類型を示している。

表4-3:Cash Sweepの類型と発動条件

類型発動条件対象キャッシュフロー経済的効果使用頻度
DSCR SweepDSCR < 1.25CAFDS – DS×1.25債務返済加速、DSCR回復極めて高い
Excess Cash Sweep現金残高 > 上限超過現金全額遊休資金削減高い
Sculpting Sweep全期間目標DSCR超過分DSCR平準化中程度
100% SweepDSCR < 1.15配当後残額全額緊急時債務削減低い(緊急時)

DSCR Sweepは最も一般的な形態であり、DSCRが一定水準を下回った場合、目標DSCRを維持するために必要な額を超える全てのキャッシュフローを繰上返済に充当する。例えば、目標DSCRが1.25であり、当期のCAFDSが1,000百万円、DSが672百万円である場合、DS×1.25=840百万円を超える160百万円が繰上返済に充当される。この仕組みにより、DSCRは自動的に1.25に維持される。

Sculpting Sweepは、プロジェクトのライフサイクル全体にわたって目標DSCRを一定に保つよう、返済額を調整する方式である。キャッシュフローが潤沢な期には返済を加速し、キャッシュフローが減少する期には返済を緩和することで、DSCRを平準化する。この方式により、Minimum DSCRが最大化され、債務不履行リスクが最小化される。

Cash Sweepの経済的効果は、実質的な返済期間の大幅な短縮である。当初15年の返済期間が想定されていても、Cash Sweepにより実際には8-10年で完済されることが多い。この短縮により、支払利息総額が減少し、株主へのリターンが向上する。したがって、詳細な返済スケジュールよりも、Cash Sweepの条件とその効果を精査することが実務上重要となる。

4.4 融資期間全体カバー率(LLCR)とPayback Periodによる評価

融資期間全体カバー率は、プロジェクトのライフサイクル全体にわたる債務返済能力を評価する指標である。LLCRはLoan Life Coverage Ratioの略であり、融資期間全体のキャッシュフロー現在価値が残存債務の何倍あるかを示す。定義式は以下の通りである。

LLCR = (評価時点以降のCAFDS現在価値 + 準備金残高) / 評価時点の残存債務

LLCRの重要性は、DSCRが各期のフロー指標であるのに対し、LLCRは将来全体のストック指標である点にある。DSCRが一時的に高くても、将来のキャッシュフローが減少する見込みがあれば、LLCRは低下する。表4-4はLLCRとDSCRの本質的差異を示している。

表4-4:LLCRとDSCRの本質的差異

項目DSCRLLCR
評価対象単年度返済能力残存期間全体の返済能力
指標タイプフロー指標ストック指標
早期警戒機能弱い(当該期到来まで変化せず)強い(予測変更で即座に変化)
標準基準1.20-1.301.30-1.40
主要用途短期財務制限条項中長期健全性評価

銀行はLLCRを前向き指標として重視し、プロアクティブなリスク管理に活用する。LLCRが1.30を下回る傾向が見られた場合、銀行は事業計画の見直しやリスク軽減策の実施を要求する。

実務においては、LLCRと並んでPayback Periodが重要な評価指標となる。Payback Periodは、初期投資額を回収するまでに要する期間を示す。プロジェクトファイナンスにおいては、負債のPayback Periodと株主資本のPayback Periodを区別して評価する。表4-5はPayback Period評価の基準を示している。

表4-5:Payback Period評価基準

対象許容期間評価基準経済的意味
負債Payback融資期間の60-70%9-11年(15年融資の場合)債権者の早期リスク軽減
株主Paybackプロジェクト期間の50-60%10-15年(25年事業の場合)株主の投資回収確実性
全体Paybackプロジェクト期間の40-50%10-13年(25年事業の場合)プロジェクト全体の経済性

負債のPayback Periodが融資期間の60-70%以内であることが、銀行の標準的要求である。15年融資の場合、9-11年以内に負債元本相当額のキャッシュフローが累積することが求められる。この基準により、融資期間の後半は余裕期間となり、予測誤差やダウンサイドリスクに対するバッファーが確保される。

株主のPayback Periodは、初期出資額を配当累積額で回収するまでの期間である。25年事業の場合、10-15年以内の回収が標準的基準となる。この基準を満たすことにより、株主は残存期間の配当を純粋なリターンとして享受できる。Payback Period評価は、DSCRやLLCRの詳細な時系列分析を補完し、プロジェクトの経済性を直感的に把握する手段として有用である。次章では、これらの債務返済能力指標を前提とした配当決定の複雑なメカニズムを詳述する。

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