三菱商事洋上風力撤退報道:完全検証レポート

  1. 第1章:事象の概要と基本事実
    1. 1-1 撤退発表の詳細
    2. 1-2 撤退の経済的インパクト
  2. 第2章:2021年入札時の異常性の検証
    1. 2-1 入札価格の異常な安さ
    2. 2-2 競合他社との価格差
  3. 第3章:2021年当時の三菱商事の経営状況
    1. 3-1 史上最悪の業績悪化
    2. 3-2 業績悪化の主因:豪州原料炭事業の崩壊
    3. 3-3 社内危機感と洋上風力への期待
  4. 第4章:中西勝也氏の個人的背景と洋上風力への賭け
    1. 4-1 中西勝也氏の経歴と立場
    2. 4-2 社長就任との時系列関係の検証
    3. 4-3 EX戦略の数値的内容
  5. 第5章:入札戦略の異常性と隠された意図
    1. 5-1 政府のNEDO調査との完全一致の謎
    2. 5-2 競合排除戦略の可能性
  6. 6章:事前の損失計上と「計画的撤退」の可能性
    1. 6-1 2025年2月の損失計上
    2. 6-2 「過年度計上済み」発言の意味
    3. 6-3 政府救済措置との関連
  7. 第7章:海外洋上風力業界の動向と撤退の連鎖
    1. 7-1 欧米での撤退ドミノ
    2. 7-2 世界的なコスト高騰の実態
  8. 第8章:風車メーカーとサプライチェーンの問題
    1. 8-1 欧州風車メーカー3社への依存
    2. 8-2 国内サプライチェーンの未整備
    3. 8-3 円安の甚大な影響と定量分析
  9. 第9章:政府政策との整合性と矛盾
    1. 9-1 第7次エネルギー基本計画との乖離
    2. 9-2 三菱商事撤退の政策的インパクト
    3. 9-3 再生可能エネルギー賦課金への影響と三菱商事撤退の関連性
  10. 第10章:エンジニアリング的観点からの検証
    1. 10-1 洋上風力のコスト構造
    2. 10-2 三菱商事の想定建設費の逆算
    3. 10-3 技術的実現可能性の疑問
  11. 第11章:結論と考察
    1. 11-1 「楽観的見積もり」説の検証
    2. 11-2 真の戦略的意図の推定
    3. 11-3 外部環境変化の影響とその定量分析
    4. 11-4 最終的結論

第1章:事象の概要と基本事実

1-1 撤退発表の詳細

2025年8月27日午後、三菱商事の中西勝也社長は東京・丸の内の本社で記者会見を開き、秋田県沖2海域と千葉県沖1海域の洋上風力発電事業からの撤退を正式に発表した。

撤退対象の3事業

  • 秋田県能代市・三種町・男鹿市沖(発電出力49.4万kW、供給価格13.26円/kWh)
  • 秋田県由利本荘市沖(発電出力84.5万kW、供給価格11.99円/kWh)
  • 千葉県銚子市沖(発電出力40.3万kW、供給価格16.49円/kWh)

総落札金額の算定 3事業の発電出力合計174.2万kWに対し、設備利用率28.3%(実績平均)で20年間運転した場合の総売上は約1兆1,572億円となる。この規模は三菱商事の2021年3月期純利益1,726億円の約6.7倍に相当する巨額プロジェクトだった。

中西社長は会見で「洋上風力業界を取り巻く事業環境が世界的に大きく変化した結果、入札時に見込んでいた金額と比較して建設費用は2倍以上の水準まで膨らんでいる」と説明した(NHK 2025年8月27日報道)。

1-2 撤退の経済的インパクト

三菱商事は2025年2月の決算発表時に、既に洋上風力事業で約522億円の損失を計上していた。今回の撤退発表では「本件に関する損失は過年度に大部分を計上済みであり、追加の損失が生じる場合でも限定的となる見込み」と発表している(三菱商事公式リリース 2025年8月27日)。

しかし、業界関係者の間では実質的な損失は1兆円を超えるとの見方もある。これは当初計画していた総投資額(約1兆円超)が実質的に失われることを意味している。

第2章:2021年入札時の異常性の検証

2-1 入札価格の異常な安さ

三菱商事連合の入札価格は、政府が設定した上限価格29円/kWhに対して、以下のような破格の安さだった:

  • 由利本荘市沖:11.99円/kWh(上限の41%)
  • 能代市等沖:13.26円/kWh(上限の46%)
  • 銚子市沖:16.49円/kWh(上限の57%)

京都大学大学院経済学研究科の山家公雄特任教授は、2022年1月6日の分析レポート「検証洋上風力入札① 驚愕の洋上風力入札結果」で、この価格について「上限FIT価格29円/kWhの1/3~1/2とまさに衝撃、驚愕の低水準となった」と指摘している。

さらに山家教授は同年1月24日の続編レポート「検証洋上風力入札④ 12円はIRRゼロ前提の欧州コスト」で、三菱商事の11.99円/kWhが、政府のNEDO調査で算出された「IRR(内部収益率)ゼロを前提とした欧州コスト」12円/kWhとほぼ一致することを明らかにした。

IRRゼロの前提条件とその非合理性 NEDOの試算におけるIRRゼロの前提条件は、資本コスト3%(国家プロジェクト水準)、設備利用率30%、建設費30万円/kW(欧州水準)で算出されている。しかしIRRゼロとは、投資元本の回収はできるが利益はゼロという状態を意味し、NPV(正味現在価値)も実質的にゼロとなる。これは民間企業の投資判断としては明らかに非合理である。

山家教授が「経営上IRRゼロはあり得ない」と指摘する通り、三菱商事ほどの投資プロフェッショナル集団がこの価格を真剣に採用することは、企業統治の観点から説明困難である。むしろ、政府算定根拠を熟知した上での戦略的価格設定と見るべきである。

2-2 競合他社との価格差

第1ラウンド入札では、三菱商事以外にも複数の企業グループが参加していた。秋田2海域にはそれぞれ5グループ、銚子には2グループが応募していたが、三菱商事連合の価格評価はいずれも満点の120点で、他グループとの格差は非常に大きかった。

参加企業には、オーステッド(デンマーク)、エクイノール(ノルウェー)、RWE(ドイツ)、ノースランド(カナダ)といった世界的な洋上風力メジャーも含まれていたが、すべて三菱商事の価格に太刀打ちできなかった。

第3章:2021年当時の三菱商事の経営状況

3-1 史上最悪の業績悪化

三菱商事の2021年3月期決算は、同社にとって創業以来の危機的状況を示していた。

主要業績指標の推移

  • 2020年3月期 純利益:5,353億円
  • 2021年3月期 純利益:1,726億円(前年比67.8%減)

この結果、三菱商事は長年維持していた商社業界首位の座から4位に転落した。

2021年3月期 大手商社純利益ランキング

  1. 伊藤忠商事:4,014億円
  2. 三井物産:3,631億円
  3. 住友商事:1,905億円
  4. 三菱商事:1,726億円
  5. 丸紅:1,706億円

特に「万年5位」と揶揄されていた丸紅にも抜かれることは、三菱商事のプライドに大きな打撃を与えた。週刊エコノミスト2021年5月11日号は「商社4位に転落した三菱商事が今期も3位で迎える本当の正念場」との見出しで、同社の危機的状況を報じている。

3-2 業績悪化の主因:豪州原料炭事業の崩壊

三菱商事の業績悪化の最大の要因は、主力事業である豪州原料炭事業の収益急減だった。

中豪関係悪化の時系列

  • 2020年4月:豪州政府がコロナウイルスの起源調査を国際的に提案
  • 2020年5月:中国が豪州産大麦に80.5%の反ダンピング関税を課税
  • 2020年10月:中国が豪州産石炭の輸入を事実上停止
  • 2020年11月:原料炭価格が急落開始

この結果、三菱商事の金属資源セグメントの純利益は2020年3月期の2,863億円から2021年3月期の97億円の損失へと約3,000億円の減益となった。

3-3 社内危機感と洋上風力への期待

この業績悪化により、三菱商事社内には「このままでは三菱商事が終わる」という危機感が蔓延していた。

東洋経済オンライン2021年5月28日の記事「『盟主』奪還へ再エネ倍増 Part1 大転換の商社ビジネス」では、「長年、業界の盟主だった三菱商事が利益首位から転落した」と報じ、同社の危機的状況を詳述している。

洋上風力への収益期待の背景 この危機的状況下で、洋上風力事業は同社の業績回復の切り札として位置付けられた。3海域合計174.2万kWの発電規模は、年間売上約613億円(設備利用率30%想定)、IRR8-12%なら年間利益200-300億円を見込める計算となる。これは2021年度純利益1,726億円の約17%に相当する大きな収益源として期待されていた。

また、財界誌「財界」2021年6月号では「三菱商事『商社4位転落』垣内社長の焦燥と”次期社長”の鼻息」との見出しで、社内の混乱状況を報じており、洋上風力プロジェクトの成功は社内の政治的な文脈でも重要な意味を持っていた。

第4章:中西勝也氏の個人的背景と洋上風力への賭け

4-1 中西勝也氏の経歴と立場

中西勝也氏は1985年に三菱商事に入社以来、一貫して電力分野を歩んできた人物である。洋上風力入札時(2021年)は電力グループCEOの職にあり、洋上風力プロジェクトの陣頭指揮を執っていた。

東洋経済オンライン2025年8月28日の記事「〈波乱の洋上風力〉三菱商事が国内3海域プロジェクトから撤退」では、「中西社長は2022年4月に社長に就任したが、その前は電力部門のトップを務めており、3海域の入札において陣頭指揮を執っていた」と報じている。

4-2 社長就任との時系列関係の検証

洋上風力落札と中西氏の社長就任には以下の時系列的関連がある:

  • 2021年12月17日:中西氏の次期社長内定報道(日本経済新聞)
  • 2021年12月24日:洋上風力3海域の落札発表
  • 2022年4月1日:中西氏が社長就任

因果関係の再検証 詳細な時系列検証を行うと、中西氏の社長内定が洋上風力落札の7日前に報道されている。これは洋上風力プロジェクトの成功が社長昇格の条件ではなく、既に社長就任が内定していた中西氏が最後の重要案件として洋上風力に全力投球した可能性を示唆している。

山陽新聞2025年8月28日の記事では「入社以来、電力分野を長く歩んだ中西氏にとり、洋上風力はまさに『肝いり』の事業だった」と報じているが、社長昇格との直接的因果関係については慎重な判断が必要である。

4-3 EX戦略の数値的内容

中西氏が社長就任後に打ち出した最重要戦略が、2030年までに2兆円規模のEX(エネルギートランスフォーメーション)関連投資計画だった。

2兆円投資計画の具体的内訳 ダイヤモンド・オンライン2024年1月3日の記事「三菱商事社長に直撃!2030年までに2兆円を投資する次世代エネルギー戦略の全貌」によると、この投資計画の内訳は洋上風力約1兆円を筆頭に、太陽光・水素・アンモニア・CCUS等の次世代エネルギー分野に配分される予定だった。

洋上風力3海域の総投資額約1兆円は、この2兆円計画の50%を占める中核プロジェクトであり、EX戦略全体の成否を左右する重要な位置づけだった。この2兆円投資計画の中核に位置していたのが、洋上風力事業だった。

第5章:入札戦略の異常性と隠された意図

5-1 政府のNEDO調査との完全一致の謎

三菱商事の11.99円/kWhという入札価格が、政府のNEDO調査結果と完全に一致していることは、単なる偶然とは考えにくい。

調達価格等算定委員会の2020年8-9月の議論では、洋上風力の供給価格上限値を決定するため、NEDOが欧州事例を参考にした試算を行った。その結果、IRRをゼロとして算出した発電コスト(LCOE)は12円/kWhとなった。

山家教授の分析によれば、「NEDOが参照した欧州事例は、2019年時点のものであるが、これにIRRをゼロとおいて試算した結果は12円/kWhとなった。欧州と日本の内外価格差は1.9倍とされ、これにIRR10%が加わる。29円はこのようにして算定された」としている。

つまり、三菱商事は政府の算定根拠を熟知した上で、「IRRゼロの欧州コスト」そのものを入札価格として提示したことになる。

5-2 競合排除戦略の可能性

超低価格入札により、以下の競合他社が日本市場から事実上排除された:

海外メジャー

  • オーステッド(デンマーク):世界最大の洋上風力デベロッパー
  • エクイノール(ノルウェー):欧州大手エネルギー企業
  • RWE(ドイツ):欧州大手電力会社
  • ノースランド(カナダ):再生可能エネルギー大手

国内勢

  • 電源開発(J-POWER)
  • ユーラスエナジーホールディングス
  • 日本風力開発
  • コスモエコパワー

これらの企業は、その後の第2ラウンド、第3ラウンドでも参入が限定的となっている。

風力発電専門誌Wind Journal 2022年3月18日の記事「洋上風力第1ラウンドは価格の妥当性、事業実現性に課題」では、「三菱商事・中部電力という信用ある事業者による低価格の落札は、国民負担の軽減につながり、再エネの将来にとっても明るい材料であるとする見方は成り立つが、一方で極端な低価格による落札が今後の洋上風力事業に与える影響も懸念される」と指摘している。

6章:事前の損失計上と「計画的撤退」の可能性

6-1 2025年2月の損失計上

三菱商事は2025年2月の2024年度第3四半期決算発表時に、洋上風力事業で約520億円の損失を既に計上していた。この時点で同社は「事業性の再評価を行う」と発表していた。

注目すべきは、この損失計上のタイミングである。建設費高騰や外部環境変化を理由とするなら、なぜ2025年2月の時点で「大部分を計上済み」にできたのか。

6-2 「過年度計上済み」発言の意味

2025年8月27日の撤退発表で、三菱商事は「本件に関する損失は過年度に大部分を計上済みであり、追加の損失が生じる場合でも限定的となる見込み」と発表した。

この発言は、撤退可能性を事前に織り込んでいたことを示唆している。通常、建設プロジェクトの損失は実際の建設段階で顕在化するものであり、計画段階で「大部分を計上」することは異例である。

6-3 政府救済措置との関連

三菱商事の撤退発表直後、政府は速やかに救済措置の検討を開始した。

日経クロステック2025年4月3日の記事「窮地の三菱商事に光明? 政府が洋上風力の救済策を続々公表」では、「事業者からの計画変更申請と認定が必要だが、この救済策により、事業環境は大きく改善する。三菱商事グループが落札したFIT価格はFIPの基準価格になる」と報じている。

FIT/FIP移行の制度的矛盾 これらの救済措置には「FIT制度からFIP制度への移行容認」が含まれているが、これは制度の本来の方向性と逆行している。通常、FIP制度はFIT制度よりも市場連動性が高く、事業者により大きなリスクを求める制度である。FITからFIPへの「救済的移行」は、制度設計上の矛盾を孕んでいる。

第7章:海外洋上風力業界の動向と撤退の連鎖

7-1 欧米での撤退ドミノ

三菱商事の撤退は、世界的な洋上風力業界の苦境と軌を一にしている。

アメリカでの撤退事例 東洋経済オンライン2024年1月12日の記事「米国の洋上風力、撤退続出からの立て直しの全貌」では、「アメリカでは2023年、設備価格高騰などの影響で、洋上風力発電事業者による落札した事業からの撤退や減損処理が相次いだ」と報じている。

ヨーロッパでの動向 ロイター通信2024年12月4日の報道によると、「英シェル、洋上風力発電の新規開発取りやめ 電力部門を分割」として、シェルが洋上風力の新規開発から撤退することを報じている。

7-2 世界的なコスト高騰の実態

TBSの報道番組「Bizスクエア」2025年8月30日放送では、国際環境経済研究所の山本隆三所長が以下のように解説している:

「2022年のロシアのウクライナ侵攻でインフレになり、ヨーロッパとアメリカの中央銀行は金利を上げた。その金利上昇やインフレの影響で設備投資額がどんどん膨らんでいく。実際にコストは2023年から少し上がり始めていて、23年後半から欧米では洋上風力の事業者がどんどん撤退している」

日本経済新聞2024年11月17日の記事「欧米の洋上風力計画縮小 過去1年、新規発電の5割相当に」では、「過去1年の撤退・延期の計画は2023年に世界で新規導入された発電容量の5割に相当する」と報じている。

第8章:風車メーカーとサプライチェーンの問題

8-1 欧州風車メーカー3社への依存

日経ビジネス2025年8月28日の記事「三菱商事が洋上風力撤退 風車高騰で建設費2倍」では、中西社長の発言として「様々な要因がコスト高騰をもたらしたが、特に深刻だったのは『欧州風車メーカー3社の値上げに対して、サプライチェーンを迅速に再構築できなかった』」と報じている。

この3社とは:

  • ヴェスタス(デンマーク)
  • シーメンス・ガメサ(スペイン・ドイツ)
  • GE(アメリカ)

価格高騰の具体的数値と予見可能性の問題 しかし、これらの風車メーカーの価格高騰は2021年入札時点でも予見可能だった。ヴェスタスは2021年上半期に既に供給不足を理由とした価格引き上げを発表しており、シーメンス・ガメサも同様の動きを見せていた。三菱商事ほどの投資プロフェッショナル集団が、この業界動向を把握していなかったとは考えにくい。

むしろ、入札時にこれらのリスクを織り込まずに超低価格で応札したこと自体が、戦略的な判断だった可能性が高い。

8-2 国内サプライチェーンの未整備

日本の洋上風力産業は、風車本体から建設・保守に至るまで、ほぼ全面的に海外に依存している状況だった。

産経新聞2025年8月30日の社説「洋上風力から撤退 資材高踏まえた新戦略を」では、「基幹技術を海外に頼ることは経済安全保障上も問題がある。洋上風力の導入拡大には関連メーカーを育成し、国内のサプライチェーン(供給網)を整備することも重要だ」と指摘している。

8-3 円安の甚大な影響と定量分析

山本隆三氏は前述のTBS番組で円安の影響について「三菱商事が気の毒なのは、円安。恐らくコスト増より、円安の方が影響は大きかった」と分析している。

実際の円安進行

  • 2021年入札時:1ドル=110円程度
  • 2022年10月:1ドル=151円台(32年ぶり安値)
  • 2024年7月:1ドル=150円台(約36%の円安)

円安による建設費押し上げの定量試算 総投資額1兆円のうち、洋上風力の海外調達比率を80%と仮定すると:

  • 海外調達分:8,000億円
  • 円安による追加コスト:8,000億円 × 36% ≒ 2,880億円

この試算では、円安だけで約2,900億円のコスト増となり、「建設費2倍」の主要因が円安であることが数値的に裏付けられる。

第9章:政府政策との整合性と矛盾

9-1 第7次エネルギー基本計画との乖離

政府は2025年2月18日に第7次エネルギー基本計画を閣議決定し、以下の目標を設定した:

2040年度の電源構成目標

  • 再生可能エネルギー:40~50%(現在約22%)
  • 風力発電:4~8%(現在1.1%)

洋上風力の導入目標

  • 2030年までに10GW
  • 2040年までに30~45GW

NHK 2025年2月18日の報道「エネルギー基本計画決定 “再エネ最大電源に 原子力も活用”」では、「その柱として期待されているのが洋上風力発電です」と報じている。

9-2 三菱商事撤退の政策的インパクト

三菱商事の撤退により、政府の洋上風力政策は重大な見直しを迫られている。

朝日新聞2025年9月1日の社説「(社説)洋上風力の撤退 持続可能な再設計急げ」では、「今回の撤退は事業者の公募ルールの不十分さを露呈した。洋上風力の拡大には、大規模投資をする民間事業者が採算をとれる仕組みが必要だ」と指摘している。

9-3 再生可能エネルギー賦課金への影響と三菱商事撤退の関連性

再生可能エネルギー賦課金の推移

  • 2012年度(制度開始時):年間1,056円
  • 2025年度:年間19,104円(月額約1,600円)

TBS「Bizスクエア」では、山本隆三氏が「2032年度ぐらいになれば少し減り始めるが、負担は当分の間は増えていく」と解説している。

三菱商事撤退との関連性 三菱商事の超低価格落札(11.99-16.49円/kWh)は、国民の再エネ賦課金負担を軽減する効果があった。同社の撤退により、代替事業者がより高い価格で参入すれば、最終的に国民負担が増加する可能性がある。これは三菱商事の撤退が国民経済に与える間接的な影響として重要な論点である。

第10章:エンジニアリング的観点からの検証

10-1 洋上風力のコスト構造

洋上風力発電のコスト構造は以下のようになっている:

CAPEX(資本的支出)の内訳

  • 風車本体:40-50%
  • 基礎構造:15-25%
  • 海底ケーブル:10-15%
  • 建設工事:15-20%
  • その他:5-10%

NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の資料によると、2021年時点での日本の洋上風力建設費は45-79万円/kWと試算されていた。

10-2 三菱商事の想定建設費の逆算

三菱商事の入札価格11.99円/kWhから逆算すると、想定建設費は以下のようになる:

IRR10%、設備利用率28.3%(実績平均)、設備利用期間20年で計算した場合:

  • 想定建設費:約30-35万円/kW
  • 実際の市場価格:約50-70万円/kW

この差の戦略的意図 この差は単なる「楽観的な想定」ではなく、戦略的な判断の結果と考えるべきである。三菱商事ほどの投資プロフェッショナル集団が、業界関係者なら誰でも知っているコスト構造を見誤ることは考えにくい。むしろ、何らかの戦略的目的のために意図的に楽観シナリオを採用した可能性が高い。

10-3 技術的実現可能性の疑問

東京大学の石原孟教授(風力エネルギー学)は、日本風力エネルギー学会での発表で、日本の洋上風力コストについて「エンジニアリングモデルを用いた着床式洋上風力発電所の建設費は51.2万円/kWから28.6万円/kWおよび25.8万円/kWに低減し、撤去費は5.0万円/kWおよび3.8万円/kWに減少した。発電コストは20円/kWhから13.8円/kWhに低減する」と試算している(2021年8月発表)。

しかし、この試算でも13.8円/kWhであり、三菱商事の11.99円/kWhは技術的に実現困難な水準だった。

第11章:結論と考察

11-1 「楽観的見積もり」説の検証

三菱商事が単純に「楽観的見積もり」をしていたという説明には、以下の重大な矛盾がある:

矛盾点1:プロフェッショナルとしての能力 三菱商事は海外で10年以上にわたり洋上風力事業に関与し、オランダのエネコ社を5,000億円で買収するなど、業界の実情を熟知していた。基本的なコスト構造やリスク要因を見落とすことは考えにくい。

矛盾点2:IRRゼロでの入札 投資の専門家集団が、株主価値を毀損するIRRゼロでの事業実施を真剣に検討することは、企業統治の観点から説明困難である。

矛盾点3:損失の事前計上 2025年2月時点で「大部分を計上済み」とする発言は、撤退可能性を事前に織り込んでいたことを示唆している。

11-2 真の戦略的意図の推定

現在入手可能な情報を総合すると、以下のような戦略的意図が推定される:

仮説1:政策協調戦略 政府の再エネ政策推進に「貢献」することで、将来的な政策支援や事業機会を確保する。実際、撤退発表後に政府が救済措置を検討していることは、この戦略の一定の成功を示している。

仮説2:市場寡占化戦略 超低価格により競合他社を市場から排除し、その後の入札ラウンドでの優位性を確保する。第1ラウンドで海外メジャーが撤退したことは、この戦略の効果を示している。

仮説3:社内政治的動機 中西勝也氏の社長昇格と洋上風力プロジェクトの時期的重複について、詳細なファクトチェックの結果、直接的な因果関係は確認できなかった。むしろ、既に社長就任が内定していた中西氏が最後の重要案件として洋上風力に全力投球した可能性が高い。

11-3 外部環境変化の影響とその定量分析

2022年以降の外部環境変化は、当初の戦略想定を大幅に超えるものだった:

想定外の変化要因とその影響

  • ロシア・ウクライナ戦争による急激なインフレ:建設資材費約20-30%上昇
  • 日米金利差拡大による円安加速(110円→150円台、約36%の円安):海外調達分約2,900億円の追加コスト
  • 欧米中央銀行の急激な利上げ:プロジェクトファイナンス金利3-4%上昇
  • 設備利用率実績の低迷:政府想定30%に対し実績平均28.3%

中国経済減速との関連性 中国経済減速は洋上風力機器の世界的な需給構造に影響を与えた。中国市場の需要縮小により、欧州メーカーが日本等の海外市場での価格引き上げを図ったことが、建設費高騰の一因となった。

これらの複合的影響により、当初の「戦略的賭け」が「致命的な失敗」へと性格を変えた可能性が高い。

11-4 最終的結論

三菱商事の洋上風力撤退は、以下の3つの要因が複合的に作用した結果と考えられる:

1. 構造的要因 2021年の業績危機により、リスクを取ってでも起死回生を図る必要があった。

2. 戦略的要因 複数の政治的・経営的目的を同時に追求する複雑な戦略を採用した。

3. 外部環境要因 2022年以降の急激な外部環境変化により、当初戦略が破綻した。

「建設費2倍」という公式説明は、この複雑な背景を単純化した表向きの理由に過ぎない。真実は、投資プロフェッショナル集団による高度に計算された「戦略的賭けの失敗」であったと結論付けられる。

コメント

タイトルとURLをコピーしました