トランプ政権の関税政策とその展開
トランプ大統領は2期目の主要政策として「相互関税」と呼ばれる包括的な関税政策を導入しました。2025年4月2日に詳細を発表し、4月9日に正式に発動されたこの政策では、基本的に全世界に対して一律10%の関税を課し、米国と貿易赤字がある国にはさらに追加の関税が課されることになりました。特に中国に対しては計104%という高い関税率が設定されました。
トランプ大統領はこの政策を「経済的な独立の宣言」と位置づけ、「何兆ドルもの繁栄を実現し、その過程において何兆ドルもの減税と、国家債務の削減を行うことができる」と主張しました。しかし、実際には市場は激しく動揺し、世界各地で株価が急落。ブルームバーグによれば、発表後わずか3日間で世界の株式時価総額が約10兆ドル(約1478兆円)も失われました。
この市場混乱を受け、トランプ政権は急遽4月9日に関税政策の90日間停止を発表するという急転換を行いました。
米国10年国債の利率推移
最近の利率推移
米国10年国債の利回りは、2025年初頭には4.8%程度でしたが、その後徐々に低下し、関税政策発表前の3月末には4%前後まで下がっていました。しかし、4月2日のトランプ大統領による関税政策発表後、利回りは急上昇し始め、4月9日の相互関税発動直前には一時4.5%を超える水準まで上昇しました。
通常の市場動向との乖離
通常、株式市場が急落するような不安定な局面では、投資家は安全資産と見なされる米国債を買う傾向があり、その結果として債券価格が上昇し利回りは低下するのが一般的です。しかし、今回の関税政策発表後は、株価下落と同時に米国債も売られ、利回りが上昇するという極めて異例の事態が発生しました。ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、4月11日までの1週間の長期金利の上昇幅は、2001年の同時多発テロ直後以来最大となりました。
関税政策と国債利率の関係性
インフレ懸念による金利上昇圧力
関税は本質的に輸入品価格を引き上げる効果があり、インフレを加速させる要因となります。実際に、ミシガン大学の調査によると、消費者はこの先1年のインフレ率を4%超(FRBの目標の2倍以上)と予想していました。インフレ懸念の高まりは、投資家が長期債に対して要求するリターンを引き上げ、国債利回りに上昇圧力をかけることになります。
米国債の「安全資産」としての地位の揺らぎ
トランプ大統領の予測不能な政策展開と高関税政策が米国経済に悪影響を与えるという懸念から、投資家の間で米国債の「安全資産」としての信頼性に疑問が生じ始めました。この結果、金(ゴールド)価格が史上初めて1オンス=3500ドル台に急騰するなど、ドル資産以外の安全資産への資金シフトが起こりました。
外国人投資家による国債売却の可能性
米国債の最大の海外保有国は日本で、中国が第2位となっています。特に中国は米国との貿易戦争の標的となっており、報復措置として米国債を売却するのではないかという観測が市場で広がりました。アンドリュー・ブレナー氏(ナショナル・アライアンス・セキュリティーズの国際債券部門責任者)は「これは関税政策に対する外国マネーの米国債市場からの撤退だ」と強く指摘しています。
金融安定性への懸念
米国債の急激な売却とそれに伴う利回り上昇は、銀行などの金融機関に対して深刻なリスクをもたらします。銀行は大量の債券を保有しており、金利上昇(債券価格下落)によって含み損が膨らめば、財務状況が悪化し、信用リスクにさらされることになります。こうした「金利ショック」の恐れは、2023年3月のシリコンバレーバンク破綻を思い起こさせるものでした。
トランプ政権の政策転換
このような金融市場の混乱、特に米国債市場の不安定化を受け、ベッセント財務長官など側近たちがトランプ大統領に政策転換を進言しました。ベッセント財務長官は「市場はより確実性を求めている」として計画の最終段階を明確に示す必要性を主張し、JPモルガン・チェースのダイモンCEOも関税政策への懸念を表明しました。
トランプ大統領自身も「債券市場はやっかいだ。ずっと見ていたが、今は美しい。昨夜は少し不安に感じる人もみられた」と述べ、最終的に4月9日に相互関税の90日間停止を発表するに至りました。この決断の背景には、米国債市場の混乱が重要な要因となっていたことがうかがえます。
今後の見通し
トランプ政権は10年債利回りを下げることを重要視していることが明らかになっています。トランプ政権の政策による国債利回り低下の方法としては、以下が挙げられています:
- 財政政策の見直し:予算赤字削減による政府借入の減少
- 債務発行戦略の調整:長期債よりも短期債を多く発行
- エネルギー政策:石油・ガス供給増加によるエネルギー価格の抑制とインフレ圧力の緩和
しかし、トランプ政権が求める減税と同時に長期的な利回り低下を実現できるかは不透明です。トランプ大統領の関税政策は、その予測不能性と経済・金融市場への大きな影響力から、今後も米国10年国債の利率推移に重要な影響を与え続けるでしょう。
結論
トランプ大統領の関税追加措置とアメリカ10年国債の利率推移には明確な関連性が見られます。関税政策はインフレ懸念を高め、米国経済の先行きに不透明感をもたらし、米国債の「安全資産」としての地位を揺るがせました。特に注目すべきは、通常の市場危機時とは異なる動きを示したことで、これはトランプの関税政策が単なる景気後退懸念ではなく、米国の財政・経済政策全体への信頼性に対する疑問を引き起こしたことを示唆しています。
最終的に、米国債市場の混乱がトランプ大統領の政策転換を促したという事実は、金融市場、特に国債市場が政策決定に対して持つ影響力の大きさを示しています。今後も関税政策と国債市場の動向は、密接に関連しながら推移していくと考えられます。
トランプ大統領の関税政策と米国10年国債利回りの時系列推移(売買高データ追加)
日付 | 政策・出来事 | 米国10年国債利回り | 米国債市場取引高/動向 | 市場への影響・反応 |
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2025年1月中旬 | トランプ大統領就任 | 約4.8% | 通常水準 (約9,000億ドル/日) | トランプ政権2期目の開始 |
2025年1月下旬~3月 | トランプ政権の経済政策議論 | 徐々に低下し約4.0%まで | 通常水準を維持 | 経済政策への期待から市場はポジティブに反応 |
2025年2月1日 | トランプ大統領が「相互関税」発表予告 | 変動幅小さい | 取引高に大きな変化なし | 市場は具体的内容を注視する姿勢 |
2025年4月2日 | 「相互関税」政策の詳細発表 ・全世界に一律10%の関税 ・貿易赤字国にはさらに追加関税 ・中国には計104%の高関税 | 上昇し始める | 取引高がやや増加 | 世界の株式市場で急落開始 通常とは逆に国債も売られ始める |
2025年4月3日~6日 | 市場混乱が継続 世界の株式時価総額が3日間で10兆ドル(約1478兆円)喪失 | 急上昇 4.3%→4.4%へ | 取引高が急増 通常の1.5倍以上に | 株式市場の急落継続 通常の「逃避先」としての国債買いが見られず |
2025年4月7日 | ベッセント財務長官がトランプ大統領と協議 市場に「確実性」を示す必要性を進言 | 上昇継続 | さらに取引高急増 約1.2兆ドル/日に達する 大量の売り注文 | 金(ゴールド)価格が急騰 米国債の安全資産としての地位に疑問 |
2025年4月8日~9日 | 相互関税の正式発動 その後90日間停止を急遽発表 | 一時4.5%超に急上昇 史上まれな急上昇幅 | パニック的売却 約1.5兆ドル/日の取引 (2020年3月のコロナショック時に匹敵) | 米国債の急激な投げ売り 債券価格が低下(利回り上昇) 10年債と30年債の利回りが大幅上昇 |
2025年4月9日 | 10年債オークション | 4.5%付近 | 国債入札は予想外に好調 投資家需要が回復の兆し | オークションへの需要が予想より強い トランプ関税の一部停止発表 |
2025年4月10日 | 30年債オークション | 4.45%付近 | 30年債オークションも好調 高利回りに引き寄せられた投資家 | 売買高は依然として高水準 市場は徐々に安定へ |
2025年4月11日~15日 | 市場の反応と分析 | 4.4%付近で高止まり | 取引高が徐々に正常化 約1兆ドル/日程度に | 一部アナリストはヘッジファンドの レバレッジ解消が原因と分析 |
2025年4月中旬~下旬 | 中国との貿易交渉継続 関税政策の修正検討 | 4.4%~4.3%へ小幅低下 | 売り圧力が減少 買い手が徐々に市場に戻る | 市場は関税政策の先行きを注視 不安定な状態が継続 |
2025年4月24日 | 日米財務相会談開催 | 4.37% | 取引高は通常水準に近づく 約9,500億ドル/日程度 | 米国債市場の安定を模索 ドル政策の方向性を協議 |
国債売買と利回りの関係についての分析
売買メカニズムの影響
- 国債が大量に売られると→供給過剰により価格が下落→利回りが上昇
- 通常の市場危機時には「質への逃避」により国債は買われ利回りは低下するが、今回は逆の動き
異例の売却主体
- ヘッジファンドや債券ファンド:損失カバーのための流動性確保
- 外国人投資家(特に中国):関税政策への報復としての売却懸念
- プリンシパル・トレーディング・ファーム:高いボラティリティからリスク回避的行動
取引高急増の影響
- 4月7日~9日に取引高が通常の約1.5倍まで急増(約1.5兆ドル/日)
- 売り注文が買い注文を大きく上回り、ディーラーの仲介能力を超える状況
- 急激な価格変動(利回り上昇)はその結果として発生
歴史的文脈での理解
- この売買パターンは2020年3月のCOVIDショック時に類似
- 当時もパニック的な流動性確保のための「現金への逃避」が発生
- 違いは、2020年時はFRBが大規模介入したが、今回は政策変更で対応
オークションの重要性
- 4月9日の10年債と4月10日の30年債オークションが予想以上に好調
- これが市場安定への転換点となり、投資家信頼回復の兆しを示した
この表からは、トランプ大統領の関税政策発表後の異例の国債売却の規模と速度が、利回りの急上昇に直接的に影響したことが明確に見て取れます。国債市場の流動性低下とパニック的売却が、政策決定者に迅速な対応を迫るほどの影響を与えたという点が特に重要です。利回りの上昇はまさに「大量の売り」が原因であり、それは米国債の安全資産としての地位に対する疑念と、インフレ懸念の両方から生じたものでした。
トランプ大統領の関税政策と金融市場(債券・株式)の相関関係 – 時系列分析
日付 | 政策・出来事 | 米国10年国債利回り | 国債市場の動向 | 株式市場の動向 (S&P 500) | 債券・株式市場の相関関係 |
---|---|---|---|---|---|
2025年1月中旬 | トランプ大統領就任 | 約4.8% | 通常水準 (約9,000億ドル/日) | 上昇基調 過去最高値を記録 | 通常の弱い負の相関 (株高・債券安) |
2025年2月1日 | トランプ大統領が「相互関税」発表予告 | 変動幅小さい | 取引高に大きな変化なし | 小幅下落 | 伝統的な弱い負の相関維持 |
2025年3月下旬 | 関税懸念の高まり | 約4.0%まで低下 | 債券買い需要増加 | 下落傾向 年初来高値から約5%下落 | 伝統的な負の相関 (リスク回避で債券買い・株売り) |
2025年4月2日 | 「相互関税」政策の詳細発表 ・全世界に一律10%の関税 ・貿易赤字国には追加関税 ・中国には計104%の高関税 | 上昇し始める | 徐々に売り圧力増加 | 急落 S&P 500は0.7%上昇も 時間外取引で2%下落 | 異常な正の相関に転換 (株安・債券安の同時進行) |
2025年4月3日 | 市場混乱の開始 世界の株式時価総額が急減 | 上昇 4.3%→4.4%へ | 売却加速 安全資産としての地位に疑問 | 急落 ダウ平均は1,600ポイント下落 S&Pは2020年以来最大の下落 | 強い正の相関 (株・債券同時売り) |
2025年4月4日~6日 | 市場混乱継続 VIX指数(恐怖指数)が50超に | 急上昇継続 | 外国投資家の売り加速 1.2兆ドル/日に達する取引高 | 続落 S&P 500は高値から約15%下落 ベア市場(20%下落)に接近 | 極端な正の相関 (パニック売りが両市場に) |
2025年4月7日 | ベッセント財務長官とトランプ大統領が協議 JPモルガンCEOが懸念表明 | 上昇継続 一時4.5%に | パニック的売却 約1.5兆ドル/日の取引 (2020年コロナショック時に匹敏) | 続落 S&P 500は高値から19%下落 ハイテク株中心に暴落 | 危機時の正の相関 (債券・株式双方からの資金流出) |
2025年4月8日 | 中国が報復関税を84%に引き上げと発表 | 高止まり | 変動継続 | 安値更新 S&P 500は高値から20%超下落 正式なベア市場入り | 正の相関継続 (インフレ懸念と景気後退懸念) |
2025年4月9日 | 相互関税の発動 直後に90日間停止を緊急発表 (中国を除く) | 反転 4.5%→4.4%へ | 国債入札は予想以上に好調 売り圧力減少 | 急反発 S&P 500は史上最大の9.5%上昇 ナスダックは10.4%上昇 | 相関の転換点 (政策変更で両市場が反転) |
2025年4月10日~15日 | 市場安定化の模索 VIX指数が低下 | 4.4%付近で高止まり | 売買高が徐々に正常化 | 高値圏でボックス推移 S&P 500は高値から約5%下落水準に回復 | 相関が徐々に通常に戻る (弱い負の相関に回帰) |
2025年4月21日~23日 | トランプ大統領がパウエルFRB議長批判 金利引き下げ要求 | 4.4%付近 | 債券売買高は通常水準に | 上昇 S&P 500が1.7%上昇 ナスダックが2.5%上昇 | 通常の弱い負の相関に回帰 (金利下げ期待で株高) |
2025年4月24日 | 日米財務相会談開催 | 4.37% | 取引高は通常水準 (約9,500億ドル/日) | 横ばい | 伝統的な相関に回帰 |
債券市場と株式市場の相関関係分析
分析項目 | 債券市場(米国10年国債) | 株式市場(S&P 500) |
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1. 通常時の相関関係 | ||
伝統的な相関関係 | 株式市場上昇時に債券価格下落(利回り上昇) 投資資金が債券から株式へシフト | 債券市場下落時に株式価格上昇 経済成長期待から株式へ資金流入 |
安全資産の役割 | 不確実性増大時に価格上昇(利回り低下) 「質への逃避」の受け皿となる | 不確実性増大時に価格下落 リスク回避でリスク資産から資金流出 |
2025年1月~3月下旬 | 株式市場好調を受けて徐々に利回り低下 4.8%→4.0%へ | トランプ政権の経済政策への期待から上昇 2月には史上最高値を更新 |
2. 危機時の異常な相関関係(4月3日~8日) | ||
正の相関への転換 | 通常と逆に株安時に債券価格も下落(利回り上昇) 安全資産としての役割が機能せず | 債券価格下落(利回り上昇)と同時に株価も急落 両市場からの同時資金流出 |
インフレ懸念 | 関税によるインフレ加速で債券価値が目減りする懸念 長期債ほど大きな影響を受ける | インフレ懸念は株式にもマイナス 企業の原価上昇と消費者需要減少を意味 |
安全資産の地位揺らぎ | 米国経済・財政への不信感から債券売り 金などの代替資産へシフト | 米国市場全体への信頼低下 外国投資家が米国株を売却 |
外国人投資家の売却 | 中国など保有国の報復的売却観測 売却圧力が利回り上昇を加速 | 外国人投資家が同時に株式も売却 グローバル投資家のリスク回避行動 |
流動性確保の動き | ヘッジファンドの損失カバーのための債券売却 レバレッジ解消の動き | 株式ポジションの縮小・清算 マージンコールへの対応 |
3. 今回の市場変動に影響を与えた特殊要因 | ||
政策の予測不能性 | 長期的な財政見通しの不透明さが債券売りを誘発 政策リスクプレミアムの上昇 | 企業収益予測の困難さが株価下落を加速 バリュエーション低下圧力 |
貿易戦争の波及 | グローバル成長鈍化懸念から長期金利上昇 通常とは逆の反応 | 特に輸出依存企業の株価急落 自動車、テクノロジー、小売りセクターに大きな打撃 |
サプライチェーン懸念 | 景気後退リスク上昇も債券買いにつながらず インフレ懸念が上回る | サプライチェーン混乱による業績悪化懸念 特にアップル、ナイキなど中国依存企業の株価急落 |
VIX指数の急上昇 | 債券市場のボラティリティも歴史的水準に 流動性の低下 | VIX指数が一時50超の歴史的高水準 パニック売りが加速 |
4. 債券・株式市場の関係性の転換点(4月9日) | ||
政策転換の影響 | 政策不確実性の軽減で債券売り圧力減少 利回りが安定化へ | 政策修正の発表で一気に反発 不確実性軽減が買い材料に |
債券入札の成功 | 10年債・30年債オークションは予想以上に好調 高利回りに引き寄せられた投資家需要 | 債券市場安定が株式市場にポジティブ影響 システミックリスク懸念の後退 |
市場の劇的反応 | 債券価格の安定化 利回りが4.5%から低下傾向へ | S&P 500が史上最大級の9.5%上昇 ナスダックは10.4%の大幅上昇 |
相関関係の回帰 | 正の相関から徐々に通常の負の相関へ回帰 安全資産としての機能回復 | 債券市場安定と共に株式市場も正常化 セクター間のローテーションも再開 |
5. 今回の市場変動から学ぶ教訓 | ||
政策リスクの重要性 | 政治的決定が債券市場の基本機能を揺るがす 財政政策と金融政策の相互作用 | 貿易政策の変更が企業収益に直結 セクター・個別銘柄によって影響度が異なる |
債券市場の警告機能 | 国債利回りの異常な上昇が政策変更を促す 金融安定への脅威が認識される | 債券市場の動向が株式投資家の重要指標に 債券市場の不安定化が株式市場にも波及 |
相関関係の動的変化 | 危機時には安全資産としての地位が揺らぐ 代替安全資産(金など)への資金シフト | 伝統的な資産クラス間の相関が崩れる 分散投資効果の低下 |
中央銀行の対応 | FRBの独立性への懸念 金融政策と政治的圧力の関係 | 金利動向への敏感な反応 パウエル議長批判が市場不安定要因に |
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