序章
北海道苫小牧市に位置する勇払LNG施設は、日本で唯一のLNG液化設備として特異な存在です。石油資源開発株式会社(JAPEX)が所有し、エスケイ産業株式会社が運営管理を担当するこの施設は、2003年の運用開始以来、国産天然ガスの液化という北日本のエネルギーインフラにおいて重要な役割を担ってきました。
この施設の建設・運用には複雑な法規制対応の歴史があります。まず2001年に新日鐵(現日本製鉄)がフルターンキーで受注し、2003年10月に国内初の天然ガス液化設備(150t/日)として運用を開始する際、高圧ガス保安法第5条に基づく「第一種製造者」の新規製造許可を北海道知事から取得しました。同時に石油コンビナート等災害防止法に基づく「第一種事業所」の指定も受けています。
2005年頃には液化能力増強(200t/日の追加)を実施し、この際は高圧ガス保安法第14条に基づく製造施設変更許可を取得しました。さらに2011年11月には、北海道の冬期ピーク需要対応を目的とした勇払LNG受入基地(内航船バース、LNGタンク2,700kL等)を追加建設し、再度第14条に基づく変更許可申請を行いました。
このように勇払LNG施設は、約20年間にわたる段階的拡張の過程で、高圧ガス保安法の新規許可(第5条)から変更許可(第14条)まで、複数回の許認可取得を重ねてきた稀有な事例です。現在では液化能力350t/日、貯蔵能力約7,700kLの総合的なLNG施設として、厳格な保安管理体制のもとで運用されています。
本記事では、この一連の許認可取得プロセスを詳細に分析し、先進的エネルギー設備における法規制対応の実例を解説します。
勇払LNG施設の許可申請を理解するためには、まず高圧ガス保安法の基本的な枠組みを把握する必要があります。
高圧ガス保安法の概要と適用範囲
LNG液化設備のような大規模な高圧ガス製造施設は、法律上どのような位置づけとなり、どのような規制要件が課されるのでしょうか。ここでは、勇払LNG施設に適用される法的根拠と規制の全体像を整理します。
項目 | 内容 |
法律の目的 | 高圧ガス保安法は、「高圧ガスによる災害を防止するため、高圧ガスの製造、貯蔵、販売、移動その他の取扱い及び消費並びに容器の製造及び取扱いを規制するとともに、民間事業者及び高圧ガス保安協会による高圧ガスの保安に関する自主的な活動を促進し、もつて公共の安全を確保すること」を目的としています(第1条)。 |
適用範囲 | 本法は以下の高圧ガスに適用されます(第2条): 1. 常温・常圧で圧力が1MPa以上となる気体 2. 35℃で圧力が1MPa以上となる気体 3. 液化ガス(液化天然ガス(LNG)を含む) 4. 政令で定める特定のガス(アセチレンガスなど) |
規制対象活動 | – 高圧ガスの製造 – 高圧ガスの貯蔵 – 高圧ガスの販売 – 高圧ガスの移動 – 高圧ガスの消費 – 高圧ガス容器の製造・取扱い |
高圧ガス保安法の主要条文解説
条文 | 内容 | 主な手続き |
第5条 (製造の許可等) | 高圧ガスの製造を行う者が事業所を新設する場合に必要な許可申請に関する規定。製造事業者を「第一種製造者」と「第二種製造者」に区分し、その基準と許可・届出の要件を定めています。 第一種製造者: – 処理能力が一定量(一般高圧ガスは日量100m³以上、液化ガスは日量300m³以上など)を超える設備を用いて高圧ガスを製造する者 – 都道府県知事の許可が必要 第二種製造者: – 処理能力が第一種製造者の基準未満の設備を用いる者 – 都道府県知事への届出のみで足りる | 第一種製造者の手続き: 1. 製造許可申請書の提出 2. 技術上の基準適合性審査 3. 都道府県知事による許可 4. 完成検査(第20条) 5. 製造開始届 第二種製造者の手続き: 1. 製造届出書の提出(事業開始20日前まで) 2. 技術上の基準への適合義務 |
第14条 (製造のための施設等の変更) | 既存の高圧ガス製造施設に対する変更を行う場合の許可申請・届出に関する規定。第一種製造者と第二種製造者それぞれの変更手続きについて定めています。 対象となる変更: – 製造設備の位置・構造・設備の変更 – 製造方法の変更 – 処理能力の変更 | 第一種製造者の変更手続き: 1. 変更許可申請書の提出 2. 都道府県知事による変更許可 3. 変更工事完成検査(第20条) 4. 変更完了届 第二種製造者の変更手続き: 1. 変更届出書の提出 2. 技術上の基準への適合義務 軽微な変更: 「軽微な変更」は事後届出で可(第14条第2項、同第4項) |
勇払LNG施設の構成と設置経緯
勇払LNG施設は石油資源開発株式会社(JAPEX)が所有する北海道苫小牧市の施設で、異なる時期に建設された以下の主要な設備から構成されています:
施設区分 | 運用開始時期 | 主要設備 |
勇払LNGプラント (液化設備) | 2003年10月 | – 天然ガス液化設備(150t/日×1基) – LNGタンク(3,000kL×1基、2,000kL×1基) – LNGローリー出荷設備(20t/時×5レーン) |
液化設備増設 | 2005年頃(推定) | – 追加液化設備(200t/日×1基) |
勇払LNG受入基地 | 2011年11月 | – LNG内航船バース(4,800m³級) – LNGタンク(2,700kL×1基) – LNG気化器 – 内航船受入ローディングアーム |
勇払LNGプラントは、2001年1月に新日鐵(現在の日本製鉄)が石油資源開発よりフルターンキーで受注し、2001年より詳細設計、2002年1月に着工、2003年9月に竣工し、同年10月に運用が開始されました。これは国内初の天然ガス液化設備であり、勇払ガス田で生産される国産天然ガスを約-165℃まで冷却しLNGを製造する施設です。新日鐵ニュースリリース
勇払LNG受入基地は、2011年度以降の北海道における天然ガスの冬期ピーク需要への安定供給対策を進めるため、2009年11月に建設が決定され、2010年6月に着工、2011年秋に完成し、同年11月に第1船受入が行われました。主に福島県・相馬LNG基地からLNG内航船を受け入れています。JAPEX プレスリリース
設備区分ごとの申請と許可の関係
勇払LNG施設の運営管理を担当しているエスケイ産業株式会社北海道支店が公開している情報から、現在の許認可状況が確認できます:
許認可区分 | 内容 |
高圧ガス保安法 | 第5条に係る高圧ガス製造許可(特定製造者) |
石油コンビナート等災害防止法 | 第一種事業所 |
収集した情報に基づくと、勇払LNG施設における設備区分ごとの申請・許可関係は以下のように整理できます:
設備区分 | 申請タイプ | 根拠法令 | 申請先 |
勇払LNGプラント (当初の液化設備) | 高圧ガス製造許可申請 (第一種製造者) | 高圧ガス保安法第5条 | 北海道知事 (胆振総合振興局) |
液化設備増設 | 高圧ガス製造施設等変更許可申請 | 高圧ガス保安法第14条 | 北海道知事 (胆振総合振興局) |
勇払LNG受入基地 | 高圧ガス製造施設等変更許可申請 (または新規許可申請) | 高圧ガス保安法第5条または第14条 | 北海道知事 (胆振総合振興局) |
設備区分ごとの申請・許可の相違点
勇払LNG施設の各設備区分に対して、申請内容や許可手続きが異なる理由は以下の通りと考えられます:
- 製造能力に基づく区分
- 勇払LNG施設の液化能力は合計350t/日(150t/日+200t/日)であり、高圧ガス保安法における「第一種製造者」(液化ガスの場合、日量300m³以上)に明確に該当します。
- このため、設備の新設・増設・変更ごとに北海道知事の許可が必要となります。
- 設備の機能的独立性
- 液化設備、受入基地は機能的に異なる設備であり、それぞれに対して個別の申請・許可手続きが必要だったと考えられます。
- 特に2011年の勇払LNG受入基地は、既存施設への大幅な追加・変更に該当するため、新たな変更許可申請が必要だったと推測されます。
- 石油コンビナート等災害防止法との関係
- 施設全体としては「第一種事業所」として同法の規制対象となっており、新たな設備の追加時には同法に基づく手続きも必要だったと考えられます。
具体的な申請手続き
高圧ガス保安法に基づく申請手続きは、以下のステップで行われたと推測されます:
- 新規製造許可申請(2001-2003年)
- 高圧ガス製造許可申請書(一般則様式第1)
- 製造計画書(処理能力、設備詳細等)
- 添付図面類(設備配置図、フロー図等)
- 完成検査申請・受検
- 製造開始届
- 設備変更許可申請(液化設備増設時、2005年頃)
- 高圧ガス製造施設等変更許可申請書
- 変更内容の詳細資料
- 添付図面類
- 完成検査申請・受検
- 変更完了届
- 受入基地設置時の申請(2009-2011年)
- 高圧ガス製造施設等変更許可申請書
- 変更の目的・内容(LNGタンク、受入設備等)
- 添付図面類
- 完成検査申請・受検
- 変更完了届
これらの申請には、危害予防規程の届出や保安統括者等の選任届も含まれていたと考えられます。高圧ガス保安協会のウェブサイトによれば、第一種製造者は以下の手続きも必要です:
- 危害予防規程の制定と届出
- 保安統括者、保安技術管理者、保安係員の選任と届出
- 定期的な保安検査の実施
実際に、勇払LNG製造所では、高圧ガス製造保安責任者(甲種)6名、高圧ガス製造保安責任者(乙種)9名を含む多数の資格保有者が在籍しており、法令に基づく適切な保安管理体制が構築されています。苫小牧市企業情報
勇払LNG施設への高圧ガス保安法適用理由
勇払LNG施設が高圧ガス保安法の適用を受ける具体的理由は以下の通りです:
適用要件 | 勇払LNG施設の該当状況 |
高圧ガスの定義への該当 | – LNG(液化天然ガス)は法第2条で定義される「液化ガス」に該当 – LNGは約-162℃に冷却され液化した状態で貯蔵され、常温に戻ると膨張して高圧ガスとなる – BOG(ボイルオフガス)も高圧ガスに該当 |
第一種製造者の要件該当 | – 勇払LNG液化設備の処理能力:350t/日(150t/日+200t/日) – これは法令で定める第一種製造者の基準(液化ガスの場合、日量300m³以上)を大きく上回る – よって勇払LNG施設は「第一種製造者」に明確に該当 |
製造行為の実施 | – 勇払LNGプラントでは以下の「製造行為」を実施: 1. 天然ガスの液化(圧縮・冷却によるLNG製造) 2. LNGの気化(LNGを気化して天然ガスに戻す) 3. 高圧ガスの圧力変更 – 高圧ガス保安法における「製造」は、これらのプロセスを包含する |
貯蔵・出荷行為の実施 | – LNGタンク3基合計で約7,700kLの貯蔵能力 – LNGローリー出荷設備による出荷行為 – 内航船受入設備による受入行為 – これらはいずれも高圧ガス保安法の規制対象活動 |
勇払LNG施設における第5条と第14条の適用
適用条文 | 勇払LNG施設への適用状況 |
第5条適用 (新規製造許可) | – 勇払LNGプラントの初期建設時(2003年運用開始)に適用 – 国内初のLNG液化設備として当初150t/日の液化能力で申請 – 第一種製造者として都道府県知事(北海道知事)の許可取得 – エスケイ産業(株)北海道支店の「高圧ガス保安法第5条に係る高圧ガス製造許可(特定製造者)」はこれに基づく |
第14条適用 (施設変更許可) | 1. 液化設備増設時(2005年頃): – 200t/日の液化設備を追加する際に適用 – 「製造のための施設の変更」として変更許可申請が必要 – 処理能力の増強(150t/日→350t/日)に該当 2. 勇払LNG受入基地建設時(2011年): – 既存施設に内航船受入設備、LNGタンク等を追加 – 「製造のための施設の変更」として変更許可申請 – これにより「LNGを受入れ、貯蔵する」という新たな機能が追加 |
勇払LNG施設の設備特性と高圧ガス保安法の関連性
勇払LNG施設の特性と高圧ガス保安法の適用の関連性を以下に示します:
- LNGの特性と保安上の重要性
- LNGは約-162℃の極低温液体であり、漏洩時に急速気化して火災・爆発リスクがある
- 極低温による機器材料の脆性破壊リスクも存在
- これらのリスクから高圧ガス保安法による厳格な保安規制が必要
- 設備の製造能力と規制区分
- 勇払LNG施設の液化・気化能力(350t/日)は、高リスク施設と判断される規模
- よって最も厳格な「第一種製造者」として規制(許可制、保安検査義務等)
- 異なる時期の設備増設と法適用
- 液化設備(2003年)→液化能力増強(2005年頃)→受入基地(2011年)と段階的に拡張
- 各拡張段階で第5条(新設時)または第14条(変更時)に基づく許可申請
- 石油コンビナート等災害防止法との併用
- 高圧ガス保安法だけでなく、石油コンビナート等災害防止法の第一種事業所としても規制
- より広範な防災・保安体制の構築が求められる
まとめと結論
勇払LNG施設は、その製造能力と取扱物質の特性から、高圧ガス保安法における「第一種製造者」として厳格な規制の対象となっています。この施設は異なる時期に建設・拡張された複数の設備から構成されており、各設備の新設・変更時には同法第5条または第14条に基づく許可申請が必要でした。
勇払LNG施設が高圧ガス保安法の適用を受ける理由は、LNGという液化ガスを取り扱い、その製造(液化・気化)・貯蔵・出荷を行っていること、そして処理能力が法で定める「第一種製造者」の基準を大きく上回ることにあります。特に液化能力350t/日という規模は、安全管理上の重要性が高いと判断される水準です。
設備の構成や機能の異なる各部分(液化設備、受入基地など)は、技術的にも規制上も区別して管理されるため、それぞれに適切な許可申請が行われてきました。これらの許可申請と厳格な保安管理により、勇払LNG施設は日本で唯一のLNG液化設備として安全に運用されています。
現在は石油資源開発株式会社の施設をエスケイ産業株式会社北海道支店が運営管理を担当し、高圧ガス保安法第5条に基づく「高圧ガス製造許可(特定製造者)」として認可を受け、石油コンビナート等災害防止法に基づく「第一種事業所」として指定を受けています。これらの法的枠組みの下で、厳格な保安体制が構築されていることが、勇払LNG施設の安全な運用を支えています。
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